【経営教訓】突然いなくなったベトナム人技能実習生~世界平和に向けて(21)

暗躍するブローカーによる引き抜き

現在、日本で働く外国人技能実習生は約40万人。人手不足が慢性化していたこともあり、貴重な戦力として企業を支えてきた。ところが、コロナ禍により状況が一変。2020年に新規入国した技能実習生は8万人台と前年の半分以下の水準にとどまった。渡航制限で帰国できない実習生が、より長く働ける特定技能へシフトする動きはあるものの、その数は少なく、人手不足に拍車がかかっている。こうした背景もあり、技能実習生が絡む問題も増えてきた。

初めての技能実習生

福岡の中堅企業であるA社は、経営内容も良く順調に業容を拡大してきた。近年は新卒採用にも積極的で、人材育成にも力を入れている。地場企業としては、給料を含め社員待遇がかなり良い会社だが、それでも人手が足りない状況だった。そうしたなかでベトナム人技能実習生の採用に踏み切ったのが、2020年初頭のことだ。20代2名、30代1名の計3名を採用した。

A社では初めての海外からの技能実習生ということもあり、数千万円かけて寮もつくった。気持ちよく働いてもらって、早く戦力として活躍してほしいとの思いからだ。実習生は他社と比べても恵まれた生活環境のなかで、時には文化的な差異からトラブル(野生動物を狩りに行く)も起こしたが、徐々に新しい環境に慣れていった。日本人社員との関係も決して悪くなかった。

ところが今年の正月明けそうそう、20代の実習生が1人いなくなった。さらに3月になると、もう1人の20代の実習生も姿を消した。相次いで失踪したのである。A社は警察に行方不明届を出し、防犯カメラなどを調べたところ、2人が見知らぬベトナム人と寮を出ていく姿が映っていた。ブローカーが技能実習生を連れ去ったのだ。残った30代の実習生に事情を聞いたところ、スマホを使ったベトナム人同士のネットワークがあり、そこから引き抜きの声がかかるという。A社の社長が「なぜ一緒に行かなかったのか」と問うと、そもそもスマホが苦手で、そうしたネットワークに加わっていなかったそうだ。

甘言に釣られて日雇い労働

4月中旬になり、失踪した1人の実習生からA社に連絡が入った。会社に戻りたいというのだ。しばらくして、もう1人の実習生からも同様の連絡があった。2人はブローカーに東京に連れて行かれていた。2人を福岡に連れ戻し、A社長が事情を聞くと「もっと良い条件の仕事を紹介する」という話に乗ったのだという。しかもブローカーに仕事の紹介料5万円を払っていた。ところが、ブローカーに連れて行かれたのは日雇い労働で、1日8,000円で働かされていた。ちなみに、技能実習生は特定技能と違い、原則として転職できない。

A社の社長が警察から聞いた話では、ブローカーの連絡先など証拠はすべて削除されていたという。推測だが、ベトナム人ブローカーの背後には日本人がいて、組織的に技能実習生を連れ去っている可能性が高いようだ。

行方不明届を出していたこともあり、A社長は2人を警察に連れて行った。事情を説明し、届を取り消すことで警察には理解してもらった。だが、失踪した1人目の話はすでに入管(出入国在留管理庁)にまで伝わっており、技能実習生の資格外活動は入管法違反となるため、強制送還が決まってしまった。もう1人は資格を取り直せば再びA社で働くことが可能だが、その取得には半年程度かかる。その間は無職となるため、誰かが生活の面倒をみなければならない。A社の社長は「正直、もう信用できないので再び働いてもらうことにはためらいがある」という。実習生も被害者といえるが、十分な環境を提供したにもかかわらず、お金に釣られていなくなった事実は重い。

新たなリスクにも注意を

コロナ禍となり日本企業を取り巻く環境は大きく変化した。デジタル化が急速に進み、オンライン上でのビジネスが必須となった。一方で、アナログからの脱却が難しく、人手不足が解消されていない業界も多い。技能実習生を戦力として活用していくためには、こうした新たなリスクが潜んでいることにも注意する必要があるようだ。