6月20日の感想

620日の感想
 松川 愛(まつかわ めぐみ)さん
若者ジャック
 「誰もが天命を生きている」と
実感させてもらえたお話しでした。
 親の反対、食事が喉を通らなくなるほどの挫折、
自分でも気づいていない
可能性に気づいてくれる親友の存在。
 アメリカ発祥のアルコールインクアートとの出会い。
心の癒しと共に
心を込めて書いた作品が友人の母から
ジュエリーオーナーさんの手に渡り
コロナ禍のと言う大変な時期だから
こそのご縁で開催された初個展。
そこからのニューヨークでの催しに
参加された。
 アルコールインクアートの魅力は
鮮やかな発色と吹き流しやにじみ、
ぼかし、グラデーションの段階的色調
変化などを手軽に楽しめる事。

 何より素晴らしいと思ったのが
思い通りにならない神様からの
プレゼントの様な思いがけない
仕上がりの要素がるところ。

 現代のストレス社会において正しい
や効率が重視され、間違いを楽しむ
失敗を賞賛するような心が和む考え
方が本来の人の幸せの種であった 
事を思い出す素敵なきっかけ作りに 
大いに役立っている事に思わず笑み
がこぼれました。^_^

 個展やアルコールインクアートの
体験を通して自分の癒し共に内なる
秘められた自分の可能性や志しに
気づけるかもしれませんね。

 お子さんの教育。大人の癒し。
企業の健康経営。芸術は多岐に
わたって人の魂に灯火を灯し
明るく照らし、日々の生活を彩る
ものだと再確認させて頂きました。
ありがとうございました。

 天明先生の詔(みことのり)
「江戸の味三昧」(あじざんまい)とは
お蕎麦。お寿司。天ぷら。
お蕎麦屋の知恵から割り箸が発明
お寿司屋の暖簾(のれん)が汚れて 
いるのが名店の証。
天ぷらは揚げ物ではなく蒸しもの。
職人は耳が命と言われます。
上記。日本道から学んだ事。

江戸の味の三白(さんはく)
白米、大根、お豆腐。

幕内弁当(まくのうちべんとう)
舞台の幕の合間(幕間:まくあい)に
食べる弁当の事。
芸の合間のお楽しみ。
人の合間にも癒しと笑顔を
創る事が皆でできたらいいですね。
ありがとうございました。

 鷲山恭彦(わしやま やすひこ)
徳に報いる考えを幼き時より実学を
通して体得し多くの人の心や村を
救った二宮尊徳翁の教えを後世に
伝えている大日本報徳社の九代目
の社長でいらっしゃいます。

 今回は四国高知県の馬路村
(うまじむら)での気づきと学び
をお話し頂きました。
 人の生きる根源には愛情があり
故郷への感謝から故郷の豊かさや
倖せの循環に役立つ事への志しが
日々の手塩にかけるが如くに丁寧な
暮らしを紡ぐ中から知恵が湧き工夫が
生まれる。それを村人たちで共有し
掛け替えない故郷が創り上げられる。

 正に一所懸命の大和魂が人口は
減るが人財は増える村になっていく。
特産品の柚子(ゆず)もひとりの
愚直な愛情が数々の知恵を生み出し
周りの人を最初は嫌々だったかも
しれないがゆっくりじっくり 
巻き込み育てる事で共に手を取り
合うしっかりした年輪のしなやかで  
大きな幹へと成長していく。そして
確固たる故郷への愛着が新たな知恵と
工夫を生み出し豊かな人財の種を
 自然の中の一部として生かされて
いる人の原点を思い出させてくれる
のです

 速度、効率、成功、成果それを出せない人は
生きていてはいけないのではないか?と錯覚して
しまうような現代社会の中で、
人口は少ないまでも不便の中にも人本来の営みが
垣間見える棘の生きる厳しさと爽やかな薫りで
生きる力を感じれる「ごっくん馬路村」を飲みながら
人口800人の
小さな村で年商50億を生み出す
大きな希望を感じる鷲山社長の
お話しが閉刊してもなお暗い
世の中照らす篝火(かがりび)
[鉄製の籠の中で薪をたいて照明する火をいい,
またその鉄製の籠を篝という。]の書物と共に
心が温かくなりました。
 
 私達の世の中を倖せにするのは
国の力ではなく一人一人が自分の
故郷を暮らしやすく倖せにしたい
と思いやる愛情なんだ。と教えて
頂きました。
ありがとうございました。

松下村神社 上田宮司
 山近代表との出会いは20年も前の事。日本道の構想を
上田宮司にお話しになったところ。しばしの沈黙の後に
絶賛され松陰先生の書籍と共に日本道の教科書が神社
書籍売上げの2位に輝いているとの事。
 
 本日81歳のお誕生日を迎えられる  
上田宮司。全国に100名しか居られ
ない特別宮司のお一人です。

松下村神社は東京の世田谷(せたがや) 
と山口県萩(はぎ)市にあります。
 吉田松陰(よしだ しょういん)
 先生。
江戸の幕末において
真の大和魂を多くの若者に伝え
後の日本を形創る多くの偉人の
精神的支柱に欠かせない人物の一人。
自宅蟄居(ちっきょ)のみでありながら身分や家柄に
捉われず一人一人に
膝を突き合わせ問いに学ぶ事を
共に研鑽(けんさん)[深く広く学ぶ事]
を主義とした。   
1859年老中間部詮勝(まなべあきかつ)[安政の大獄の
実行者]暗殺計画を企てた事。当時の幕府に対しての
日本に対して願いを訴えるも聞き入れられず
11月21日東京伝馬町で斬首される。
四年後長州藩藩主毛利敬親の別邸
であった為弟子の高杉晋作(たかすぎ しんさく)と
伊藤俊輔(いとうしゅんすけ)(後の博文(ひろふみ)が
改葬する 
明治15年11月21日に建立

山口萩市については明治23年に
松下先生のご実家である
杉家の祠(ほこら)を松下村塾共に
改修した事が松陰神社の前身となる。

上田宮司と日本を好きになる歴史の
授業で現役の小学校の田村先生どの
対談で子供に世の中の為に何をすれば
良いのか。と考えられる素養を伝えて
欲しいとおっしゃっておられました。

また今月の25日松陰先生の遺書
と言われる「留魂録」(りゅうこん
ろく)をご講義頂きます。
死を覚悟した松陰先生であっても
死の直前に認められた文字は
平静のものではなかったと
お話しになりました。

吉田松陰先生の死生観と宇宙観を
僕の希望的観測を加味して解釈する
とただ熱く命を燃やして行動する
だけでなく森羅万象を慈しみ、
礼節を持って対話をすれば
その時は理解されずとも後世に
わたって真の大和魂が理解される
と信じている!と思っています。

考えの相容れない相手こそ
一層丁寧に聞き寛容な心を持って
接すれば大きな学びとなって
自らの魂に留まる記録となる
そう思って松陰先生の志し
を受け継いていけるよう
精進したいものです。
ありがとうございました。
 

365人の日本道
増井康高(ますい やすたか)さん
 冠婚葬祭において必ず親戚
一同に会しやすいお葬式。命のと想いを受け継き、
故人を偲び悲しみの中
から懐かしい思い出やその人から
学んだ大切なこと言葉などか
折に触れて出てくる事でしょう。

増井社長は常にお客様と時代を
考慮してご提案されておられますし
特に問題となりやすい相続について 
は生前お元気なうちに話して 
おかれる事をご提案されています。

亡くなられた人の想いはどれだけ汲もうと
思っていても後悔はあるとは
思いますが、少しでもよかったと
思える人生の締めくくりだけは
努めて行きたいものですね。
ありがとうございました。















 

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