Pandoの存在意義 ~設立10周年を迎えて~

2009年10月末の取締役会で、当時在籍していた企業の取締役社長職を辞任しました。
 
3ヵ月後の2010年1月28日に秀實社を設立し、今日を迎えることができました。

文字通り「光陰矢の如し」で、振り返ることができないほど、月日の経過は早いもので、過ぎ去った日を二度と取り戻すことはできません。また当然ながら、月日は過ぎ去っても自分自身が選択した行動の結果は、事実として残ります。


その上で、私が9年間を振り返り、今日を「迎えました」ではなく“ステークホルダーに支えられて”「迎えることができました」と表記することが、私の正直な気持ちであり、事実と認識しています。


生き抜くことに必死であった9年間


9年間で、数え切れないほどの人々と出会い、別れを繰り返してきました。



浜松町駅から徒歩15分の雑居ビルで、創業しました。


大恩ある経営者の本社執務室内の一部をお借りし、什器も提供していただきました。


最初のメンバーは、前職の部下1人です。


妻と親交のある経営者2人、そして、最初のメンバー1人と私の5人で9年前の本日、明治神宮で秀實社の発展を祈願しました。


その後、私の創業を聞きつけて、現職を退職し、設立直後に入社したメンバーは、私が29歳の時に職場で指導していた、大学生3年生のインターン生でした。


他にも前職の顧客経営者の紹介で、京都から入社を決意し、単身で東京に来られた方は、私の10歳年上で、私と面識が無い状態でした。


“なぜ、弊社への入社を決意したのですか”と、初対面で聞きました。

“共通の知人である経営者から、高橋社長(秀實社)のビジョンを聞き、共に働くこ とを決意しました”

と話されました。私は重責を感じながらも、心が躍ったことを今でも覚えています。


設立後、最初に組織人事コンサルティングを導入してくださった経営者並びに企業様は、現在、米国での上場を果たし、世界No.1企業の実現に向けて、日々邁進されています。



当時の秀實社は、オフィシャルサイトも無く、間借りの状態であるため、上場企業の取引先審査基準を超えることが難しいことは、容易に予測できます。

それでも、経営者の一存で、契約していただけたことに応えるためにも私自身が人生を懸けて、1年間担当させていただきました。

弊社の資金状況を察して、お支払いしてくださったことは生涯忘れません。


その後の9年間に関しては、後日Pandoで綴ります。



10年目より、社会での存在意義を追求する


本日より、私自身がPandoを本格始動します。


私は、現在でもコンサルタントの役割で、多くの経営者や幹部の方々と時間を共にしますが「集中トレーニング」と題して、以下の項目に関して、考え抜く時間を設けています。


  • 自社の経営理念(ミッション、ビジョン、バリュー)、事業計画、競合他社、市場規模
  •  自分の役職定義(職務目的、成果責任、行動要件)
  • 自分の未来像(3年後、5年後、10年後の業界・組織内のポジション)


 

 

 
 考え抜く理由は、前頭前野に対して刺激を与えるためです。

上記の項目に関して、読書(読み書き)、発表(話す)、考案(考える)を集中して行うことで抽象的な状態から、目標を達成するための具体策の立案に変化していきます。


Pandoには、私たちが多くの経営者や幹部の方々へ提供し続けているレーニング内容が、凝縮されています。


私自身がPandoを使用し、Pandoを普及させることが10年目以降の私と秀實社の役割と自負しています。


1人でも多くの方に、唯一無二の存在である自分の人生を全うしてもらえるようそして、設立10周年を機に、私自身が意義ある人生を歩んだ軌跡をたどれることを目的にPandoを継続していきます。


社会から求め続けられる存在でいられるよう、今後も力強く生きていきます。