Maiself

初めまして!(*゚▽゚)ノ
国際協力NGO風の会  異文化交流事業部に所属している、1年生の大田原舞です。

大学生になって半年が過ぎました~!
いやぁ早かった!!それはきっと充実していたからだと思います。

これを機に今までのことを振り返り、
①今の自分に至った経緯、②風の会に入った理由、③これからやってみたいこと、についてお話していこうと思います~(^^)
未来の自分のためにも書くので結構詳しいです笑

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①自分について
今の私は常に笑顔でポジティブ~!な感じだとよく周りの人に言われますが、作り笑顔すら出来ないときもたくさんありました。
自分で言うのもなんですが、中高時代、そして浪人を通して、多くの困難を乗り越えて来たと思っています。具体的に何があったのかはヒストリーのところを見てもらうことにして、、、

様々な困難を経験して思ったことは、
周りの環境の重要性です。
これについて3つの観点からお話します。


.自由度
中高での生活は私にとっては「鳥かご」のようなものでした。

・クラスや部活で毎日関わる人、つまり自分の世界が固定される
・その団体単位で行動しなければいけない
・その団体から離れることは難しい(人によるのかな?)
・たとえボランティアや留学に行きたくても、学業という壁が立ちはだかって、やりたい気持ちを阻害する
・大学受験をして良い大学に行き良い企業に就職する、という人生のレールが敷かれ、周りの友達は自然にそのレールに乗り、高3で部活の引退してすぐに猛勉強…(少なくとも私の高校ではそうでした)

正直、中高の世界は、私には窮屈で仕方がありませんでした。

なぜ決められた場所で、決められた人と、決められたことをして、決められた未来を歩まなければいけないのか?

私の人生なのに、なぜこんなにも自由に動けないのか?

​私は常にこのような疑問を抱いていました。


しかし、もうすぐ受験生になる高2の2月、受験を終えたばかりの部活の先輩が私にこう教えて下さいました、
「大学は、肩書きが貰える場所と思っているかもしれない。でもそれよりも大切なのは、大学はなんでも出来る場所だということだよ。」

したがって、私にとって大学という環境は長い間待ち望んでいた理想の環境でした。
大学は一言で言えば「自由」そのものです。
社会人のような社会に対する責任は負わず、自分が好きな場所で、好きな人と、好きなことを、好きなだけ出来る。
​何の制約もない。

​たしかに、自由だからこその難しさもあります。
どうする事が正解なのか、決まっていないからこそ自分で正解を考え、選び、未来を作っていかなければならない。

全ては自分次第。

でも、中高のときのような決められた狭い世界より、大学での自分で選んで作っていく世界の方が私は好きです。
たとえ今がどんなに辛かったとしても、自分次第でいくらでも、どうにでも変えることができるから。


.
中高、浪人と様々な困難を経験したからこそ、大学に入ってから、風の会の人たちをはじめとする素敵な先輩方や友達に出会い、仲良くなることが出来て、本当に涙が出るくらい嬉しくて仕方がないんです。

なぜなら、私は「人に出会うため」に大学に進学したからです。

もちろん、学びも深めたいし留学もしたいですが、1番の理由は「人」です。
先程の1.自由 のところでもお話した先輩が今の私の道標になっています。
これらは後ほど②でお話する風の会に入った理由にも繋がります。

私が高3のときの夏休み。受験勉強の相談のために、またあの先輩にお会いました。当時大学1年生の先輩は「とにかくお金が足りない」と仰っていました。
理由を尋ねると「素敵な考え方や価値観を持つ人のお話を聞くためにご飯に誘うんだ。コンビニ弁当とかじゃ失礼だから、それなりのお店でご飯を食べることになる。だからお金がかかるんだ。」と仰いました。
それを聞いて、私は大学生になったらそういうことにお金と時間を使おうと決めました。

遊びや外見にお金を使うのももちろん良いことだけれど、せっかくなら今しか出来ないこと、つまり、出会った人の考え方や価値観を聞いて視野を広げるという自分自身の成長にも投資したいと思いました。


.やりたいこと<環境
やりたいことが出来ることが本当に幸せなのか。
私はこれについて、高校生および浪人のときに考えさせられました。

[高校生のとき]
私は高校からバスケ初心者でバスケ部に入りました。理由はどうしてもバスケができるようになりたかったからです。(好きな人が男バスだったことも少しは関係があるのかな笑)
周りの先輩も同期もバスケ経験者で、練習ではいつも周りに迷惑をかけてしまうことに申し訳なさと悔しさを感じていました。でも「努力すれば楽しくバスケができる」と信じて疑いませんでした。
そうして、毎日の朝練や部活が無い日の自主練など、努力を重ねた結果、少しずつ出来ることが増え、次第に周りの先輩も応援して下さるようになりました。
しかし、同期は私と仲良くしてくれず、私はいつも先輩とだけ話して同期とは全く仲良くなれないまま先輩の引退の日が近づいてきました。私は先輩が引退して、同期と後輩だけになることが怖くてたまりませんでした。私の居場所はここには無いのだと心のどこかで悟っていました。
「これからずっとこの人たちと一緒にいるより、自分の好きな人たちと時間を共有したい」と思い、バスケが上手くなってきた夢半ばの状態でバスケ部を辞めました。
バスケはもっとやりたかったけれど、その決断は間違っていなかったと思います。

バスケが出来るようになっても部活は全然楽しくありませんでした。
こうして、やりたいことが出来るようになっても、それを一緒にやっている周りの人たちがよくないと全く楽しくないことに気が付きました。


[浪人のとき]
逆に浪人のときは楽しかったのです。
いや、もちろん24時間365日受験の恐怖と勉強から逃れられないのは辛い事でした。
しかし、その辛さと不合格という烙印を押された悔しさを共有し、励まし合い、共に戦う仲間がいたことは、とても大きな支えでした。
浪人のクラスには色んな人がいて、歳も、見た目も、高校も、浪人した理由も、勉強へのモチベーションも、大学合格後にしたいこともみんな違いました。でも、1度不合格になり、次は必ず合格してみせるという気持ちだけは全員に共通していました。
勉強ばかりで辛いはずの浪人時代は、周りの人たちのおかげでぶっちゃけ中高のときよりも充実していたし楽しかったのです。あら不思議~( °o°)



これらの経験から、自分がやりたいことをする環境、つまりそこにいる「人」にも注目するようになりました。
そして、大学では、やることが「自分のやりたいことかどうか」よりも「そこにはどんな人がいるのか」を重視したいと思うようになりました。

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②風の会に入った理由
​私の夢は
「人と人とを繋ぐ架け橋になること」です。

その目的は
「誰もが 『自然と』 笑顔になれる世界の実現」です。

その舞台は海外。手段は英語。理由は直感的に海外と英語が好きだからです。
とても抽象的ですが、方向性は定まっています。具体的なことは大学生活を通して見つけていきたいです。

そしてこの夢を叶える1つの手段として国際協力があると考えました。
なので、大学では国際協力系のサークルに入りたいと考えていました。
でも、風の会への入会を決めた理由はそれだけではありません。
入会の1番の決め手は、やはり環境、つまり「人」でした。
風の会の「全ての子どもたちの追い風となる」という理念も素敵でしたが、
困難なことでも共に挑戦し、夢を追いかけ、支え合う、そんな会全体の雰囲気や、先輩方一人ひとりの人柄・価値観が本当に素敵で「私もこんな人たちと一緒に活動したい、ここで挑戦してみたい」と思ったのです。

​また、この風の会は総合教育事業部、異文化交流事業部、ラオス事業部、ファンドレイジング事業部の4つの事業部に分かれています。
その中でも異文化交流事業部に入ったのは、風の会の先輩に影響を受けたからです。

風の会に入って間もない頃は国際協力をしたいと考えていたのでそれをしっかりできる総合教育事業部が気になっていました。しかし、風の会の先輩方の価値観を聞いていくうちに、考えが変化していきました。


私はかつて「世界を変える!!」というような大きすぎる夢や野望を抱いたり、未来への期待で胸を膨らませている時期がありました。しかし、20年間生きてきた中で何度も「現実」に押しつぶされ、裏切られ、そうしてだんだん夢が実現しないことに慣れ、「期待」する事が怖くなりました。「どうせそんなものだ。」と自分に言い聞かせ、いつしかそれが口癖になりました。そして夢を持ちたい自分の心に何度も蓋をしました。

でも、そうやってしぼんでしまった私の心に火を灯してくれたのが風の会の代表のがっちょさんでした。
「夢を持とう」
がっちょさんは仰いました。
「夢を持つ権利は誰にでもあるから。」
常に前向きで、絶対に不可能とは言わない、周りを巻き込んで一緒にワクワクを追い求める、困難なことでも常に楽しむ心を忘れないがっちょさんとの出会いは私にとって大きな衝撃でした。

たしかにボランティアは自己満足になってしまったり、きれいごとのように聞こえたりする事も多いのかもしれません。
しかし、実現したい未来を言葉にすることは決して無駄ではない。むしろ、そうやって夢を語るからこそ同じ志を持つ者が集い、情報が集まり、結果的に夢は現実となるのかもしれない、と、がっちょさんに出会って全身で感じました。

こうして、夢を持つことに懐疑的だった私は大きく変化しました。
夢を持つこと、また、多くの人たちがカンボジアの状況を、そして子供たち自身が未来の選択肢はたくさんあることを知ること
の大切さを感じるようになりました。
​こうして、それらを最も実践することができる異文化交流事業部に入ることを決めたのです。

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③これからやってみたいこと
これからは先程言った夢をもっと具体的にする為に、国際協力だけでなく様々な方向にも視野を広げて行きたいと思っています。

​現在考えているのは、人種問題とセクシャリティについてです。
これは幼い頃から考えていましたが、中高での経験からさらに強く意識するようになりました。

「なぜ同じ人間なのに互いに憎み合い、『普通』と違うからと言って遠ざけ、仲良くなれないのか」

この問題はとても複雑で社会に根深く浸透していて「解決」という単純な言葉では決して片付けられません。
でも、幼い頃から抱いていた疑問は消えません。

そして、その問題には政治と法が関わっています。
人種問題やセクシャリティは、社会的な思惑や人間が意図的に作りだしたルール、つまり政治や法と複雑に絡み合っていると思います。

どんどん話が難しくなっていって、本当に私に何か出来るかどうか不安になります。
諦めたくなることもあるでしょう。
だけど、やってみたい。
難しいからやってみたい。
私の行動で、たとえ1人だとしても「自然と」笑顔になれる人がいるのだとしたら、私はこの問題に取り組んでみたいと思うのです。


最後に、大切なことを記しておきたいと思います。
今、私は大学という夢の舞台で、大切で大好きな仲間と共に、自分のやりたいことを、楽しんで、することが出来ています。
でも、それは決して当たり前のことじゃない。その有難みは様々な困難を経験してきたからこそ感じられるのだと思います。
だから大小関わらず一つひとつの幸せに気が付き、それに感謝することを忘れず、常に謙虚に大切に日々を過ごしていきたいと思います。
これだけは忘れてはいけないことだと思います。

こんなに長い文章を読んでくださる方がいるなんて…!
有難いことです。本当にありがとうございます!!
また書きますね!!(*^^*)
はるか
2021.08.27

舞~私、読んでて泣きそうになったよ。
言語化、めっちゃ上手!共感の嵐やったよ、ありがとう!!

私もね、がっちょさんの「夢を持とう」って言葉、めっちゃ響いたんよ!!

大きすぎる夢を持ってた過去の自分の稚拙さを恥じることが増えてたんやけど、
大きすぎる夢を持つことが、大きな夢を叶える第一歩になるのかなって思うようになった!

難しいからやってみたい。
刺激的な言葉たちをありがとう!

同期から発される言葉からたくさんの刺激をもらえて幸せです。
これからが楽しみだ!!!

2021.09.06

言語化上手とか初めて言われたよ~( *˙˙*)
ありがとう!!
「大きすぎる夢を持つことが、大きな夢を叶える第一歩」って私もほんとそう思う!!

晴香のPandoも楽しみにしてます(^^♪

がっちょ (古賀大勢)
2021.08.26

ふふふ!
そうだよ。
みんなと一緒にやれば、でっかいことができるよ。

だから、夢は持て。そして、みんなと話して。
夢を持つことすら始めなければ、あなたも進まない。

語って。語って。

言霊(コトダマ)を信じて。



そして、笑顔もハッピーセットで。
舞ならもうすでに合格!
これからもその素敵な笑顔で、周りを明るくさせて行ってくれよ!!


がんばれ!
できるできる絶対できるーー!!

2021.09.06

ありがとうございます!!( ; _ ; )♡
夢を持つことでとどまらず、それをどんどん周りの人にも語っていきたいと思います!!
笑顔も忘れずに!(^ν^)

この大学に入って、がっちょさんと出会えたことが私にとっては本当に大きなことでした。
この出会いに心から感謝します。
がっちょさんがお帰りになったとき、私も成長できているように頑張ります!!!