大人になるということ

先日、卒業以来お会いしていなかった藤原先生にお会いしました。

自分で言うのもおかしなことではありますが、
私は比較的手のかからない、さぼることはあるけれど優秀な生徒だったと思います。
(藤原先生の授業においては、該当しなかったかもしれません)

卒業後もほとんど連絡することはなく、
藤原先生の誕生日にドトールギフトを贈るなんていう、粋な気遣いができるそんな人間です。
藤原先生にとってあまりかかわりの少なかったせいとの1人だったかもしれませんが、
縁あって、未だにふとした時に連絡をしています。


久しぶりにお会いしたので、お互いの仕事の話や
同級生、学校の話で盛り上がりました。
ふと話しながら、
学生の頃と社会人になった今のコミュニケーションに違いを感じました。

学生時代のコミュニケーション

学生の頃は、
こちらの思いや考えを話し、それに対して藤原先生の主観や助言を話すといったコミュニケーションが主でした。
学生の私に対し、藤原先生は1人の大人として、人生の先輩として、判断材料を与えてくれていました。

社会人時代のコミュニケーション

社会人になった今は、
対等な関係で、良くも悪くもお互いの事情を考慮し、
尊重し合う良き理解者としてのコミュニケーションに変化しました。
(藤原先生と私とでは社会人歴に天と地ほどの差がありますが、ご愛嬌ということで)

大人になるということ

藤原先生と邂逅を果たし、
学生時代と社会人の自分を振り返り、視野が広くなったなぁと実感しました。

大人になるということは、
様々なことに対して視野が広がること
たくさんの判断材料を自分の経験・価値観から生み出せることなのかもしれないなと思った次第です。

当事者だった私は全く自覚がなかったのですが、
私の学年は歴代の受け持ち生徒の中でも混沌の時代だったようです。
当時を振り返ると、たしかに愉快な仲間たちがたくさんいたなと思いました。

思い出として笑い話にできるようになったことも、
気づきたくないことに気づいて、それを受け止めることができるようになったこと
大人になった証拠ですね。

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