3回目のスタツアで気づいたこと


今回は、私が3月に行ったスタディツアーで改めて学んだことについて書きたいと思います。



今年の春のスタディツアーでI-RISは、タバーク小学校とサンティス小学校を訪問してきました。


2校の小学校を訪問しましたが、それぞれの小学校で子供達の人数や各学年の人数、それによって理解度ももちろん違います。


タバーク小学校の子供たちは高学年の子たちがおおく、プロジェクトなどで私たちが一度通訳さんを通して説明したことを瞬時に理解し低学年の子たちを引っ張っていってくれます。


一方、サンティス小学校の子供たちは、高学年より「この前生まれたばっかりやろ!」っていうくらい幼い低学年の子供達の人数が圧倒的に多いです。

そして、低学年の子供たちはあまり話そうとしません。



なぜなら、ラオスは多民族国家で、日本に方言があるように民族によって話す言語が違うのからです。入学してきた1.2年生の子はラオ語が話せないので、普段の授業の後に補習としてラオ語の授業を行なっているそうです。



私は、2018年の春から今年の春まで3回小学校を訪問してきましたが、プロジェクトの内容を考えるときは「タバーク小学校の子たちむけには大丈夫だと思うけど、サンティス小学校の子たちは無理かもしれない、、」と苦戦することも多々ありました。

実際、今回行った運動会プロジェクトでもサンティス小学校は少し苦戦しました。



たしかに、プロジェクトだけ見てみるとタバーク小学校よりサンティス小学校の方が大変です。

でも、今回訪問して気づいたのは

「どの小学校の子でも日本人の私たちが言おうとしていることを必死に理解しようとしてくれる」

ということです。





訪問する私たちも、軽い挨拶や色、数字、自分の名前を言うくらいしかラオス語を覚えていません。

ラオスの子供達はもちろん日本語を知りません。

英語を話せる子もほとんどいません。


私たちは子どもたちが言おうとしてることを感じ取るのに必死なのに、子どもたちは私たちの伝えたいことをすぐに感じ取ってくれます。

そして、フレンドリーに私たちと接してくれます。


毎回、スタディーツアーでたった二日間しか訪問していないのに、私の顔も名前も覚えていてくれる子もいます。


"言語も文化も違うからコミュニケーションを取れない"

と思っている人は自分からコミュニケーションを取ろうとしてないだけで、文化や言語が違ってもコミュニケーションはいくらでも取れるんだと改めて気づかされました。


5代目のスタツア部長ののりさんは、いつのスタディーツアーでもすぐに村の人や学校の先生や子供達と仲良くなっていました。


それは、自分を知ってもらおうと思う気持ちと、自分も相手を知ろうとする気持ちが強いからだと思っています。

私はそんなのりさんをとても尊敬しています。


のりさんが引退した後に小学校訪問をしたら、先生方や教育局の人は「のりを覚えている」と言っていました。


私は次のスタディーツアーが最後です。私ものりさんみたいに、引退した後も子供達や先生方の記憶に残り続けたいなと思いました。

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