こんにちは。
篠塚俊輔です。
今年も残すところあと1ヶ月。
自分が主任になってから丁度一年になりました。
あっという間でした笑
この一年、自分の立ち位置やJUNKOの変化、自分なりに振り返りながら本心を綴りたいと思います。
一年前、自分がまさか主任の二期目をやるとは微塵も思っていなかった頃、選挙の再選を経てビジネスプロジェクト主任に着任しました。
当時の心境は兎に角後輩に引き継ぐこと、自分の代でプロジェクトを終わらせないこと。そんな最低限のボーダーを自分に課して主任業務にあたっていたと思います。
この時からソーシャルビジネス化の構想は持っていましたし選挙の際も公示していましたが、出来ればリーダーの下でこれに力を入れたいというのが本音でした。
新しいことをしたい。ただ、そのためには人の上に立って動くより、一部員として動いた方が実現の近道だ。そう思っていたんだと思います。
2月から3月にかけて短期派遣がありました。
コロナの蔓延し始め、個人一人一人が渡航の賛否を決断する状況の中、自分はベトナムの方が安全という考えもあり、渡航しました。
ビジネスプロジェクト2人、ベトナムプロジェクト1人、ミャンマープロジェクト2人となった異例の短期は、普段の短期派遣では感じれない経験を多く得たと思います。
ベトナムの国側から学校訪問が拒否され、現地の大学生協力者と大半を過ごし、普段は行けない観光をしたりと、楽しい事も多くありましたが、一番印象に残ったのは日本メンバーのみで話していた時のものです。
「ビジネスプロジェクトも現地プロジェクトと統合した方がいいのではないか?」
こんなニュアンスの話だったと思います。
まだ青いながらビジネスプロジェクト主任をしていた自分ですが、この時ビジネスプロジェクトの存在意義を見失っていたのだと思います。
何故ならその意見に賛同したのだから。
曰く、現地プロジェクトだって買付できるようになればいい。曰く、現地プロジェクトの人出が足りない。
当時考えてみれば現地プロジェクト側はビジネスを軽視しているし、ビジネスプロジェクト側は、現地プロジェクトがなんなのかを理解していなかったように思えます。
なんとなく、プロジェクト間の壁を取っ払いたい。当時の問題点とされた部分の解決案としては魅力的に見えたのでした。
そんなビジネスプロジェクト単体としての存在意義を再確認し始めたのはコロナウイルス化のオンラインミーティングが実施から新入生が入ってくるまでの間です。
ある意味、コロナウイルスはビジネスプロジェクトにとって追い風だったと言っているのは、この期間での自分を含めた部員の意識変化のことです。
コロナの影響で、イベント販売企画が軒並み潰れ、協力店企画にも足を運べない。モチベーションという意味ではさらに下がってもおかしくない状態だったのに、その普段はあり得ないほど空いた時間が、ビジネスに考える時間をくれました。
今まで安定して稼いできたために、向上心や、本来のなんのためにどうやって稼ぐのかを忘れていたんだと思います。それがしっかりと思い出され共有され、ビジネスはまた一丸となって再出発出来ました。
新ビジネス企画と呼称しているアイデアを即座に検討し、企画に整備する体制はここでできました。
これのおかげで後にネット販売企画になるアイデアも出ました。
さらにそれを後押ししてくれたのは、7月から入ってくれた後輩たちの存在です。
本人達は実感していないのかもしれませんが、数ヶ月煮詰めた頭に新鮮な風を送ってくれました。色々な企画アイデアが研磨され、実装に至ったのは後輩達のお陰です。本当に入ってきてくれてありがとう、感謝しています笑
こうして、色々企画を立てていって特に夏以降はスッと過ぎ去ったような気がしますが、なんとか一年価値あるものを残して主任を終えられたと思います。
割と自分一人で突っ走っているイメージが付いているらしいんですが、自分も始めたばかりは他のみんなと変わらず、かなり迷っていたと思います。
こうして一年やれたのはあきらさん、みくさん、理事の岸さん、後輩たち、そしてもちろん一番には同期の存在があったと思います。本当にみんなこんな状況下で辞めずに付き合ってくれてありがとう。
みんなのおかげで日々やれてると実感しています。
ビジネスプロジェクトは現地プロジェクトには出来ない考え方やアイデア、力があります。
それをしっかりと示していきたいので、また一年間よろしくお願いします笑
以上纏まっていない駄文失礼しました。
篠塚俊輔
つかってすごい適当なところあるけど(それは直してね?笑)、人にありがとうって言えるところ、本当にいいところだよね!!笑とっても感動しました
私からも、1年間ありがとう!
Just go for it!
セーーーーーーフ!!!!!
つか先生2年連続ファイト!!!