ある時はトラック運転手と子供。
ある時は別の国同士の兵士。
ある時は明智光秀と織田信長。
ある時は領主と農民。僕はいつの時代でも、そんな風に殺され続けてきた。つまり、前世の記憶を思い出してしまった。
「少なくともあの時は本気で君が、いや、ジェシカが好きだった。なのにいきなり銃でドンってのはあんまりだろ」
「農民の先輩には想像もできないでしょうね。私達貴族がどれだけ家柄に虐げられてきたのかなんて。というか好きとか言わないでください気持ち悪い」
朝から止む事のない激しい雨風が、閉め切った部室の窓を強く叩く。その音に負けないよう、僕らは大きな声で口喧嘩をする。前世から、その前から、遥か昔から続く口喧嘩だ。
「一族が一族である事を、私が私である事を証明する為に必要だったんです。先輩みたいな遊び人の汚れた血はいらなかった」
「暴飲暴食を重ねてそうなそっちよりよっぽど綺麗な血だと思うけど」
何千年分かの苛々を募らせた彼女は、それを表すように机を人差し指で強く叩く。机の上には彼女が家庭科室から持ってきた大きな包丁があって、机が小刻みに揺れる度、それが小さな金属音を鳴らした。
「でもよかったです。私が先輩の事嫌いで」
「どういう意味だよ」
「少なくともあの時の私は、ジェシカは、アランを殺すのにそれなりの罪悪感があったんですよ。でも今日という日は安心して先輩を殺せます。罪悪感なんて微塵も無いので」
「罪悪感とか、君とは程遠そうな言葉が君の口から聞けるとは思わなかったな」
そう言うと彼女は「殺すぞ」と言いたげに強く僕を睨み付けた。殺すくせに、と思ったがなんだか野暮な気がして言わなかった。
視線を逸らすようにして窓の外に目を向ける。六月の雨は強い。綺麗な星空が瞬く夜空の下、彼女に撃ち抜かれたあの日とは大違いだ。
「考えてみれば、僕が君を殺した事は一度も無いままなんだな」
「……そうですね。一回くらい交代してみますか?」
「嫌だよ。僕は手を汚さないまま生きる」
「この場合生きるとか死ぬとかよく分かりませんけどね」
上下運動を繰り返していた彼女の人差し指が止まる。多少なりとも罪悪感があるのだろうと直感で思った。
彼女が僕を嫌いな事実は疑いようもない。そこは信頼していい。だから、今この瞬間の罪悪感ではなくて、今までの何千年かで積み重ねてきたものだ。
しょうがないのだ。車のブレーキが壊れて暴走した先に子供がいた事も。愛する家族の元へ帰る為敵国の兵士を狙撃する事も。この先の日本を想って暴君だった将軍に謀反する事も。自分が自分である事を証明する為、愛する人を殺す事も。全部、しょうがなかった。
「今回だって同じだよ。僕らが僕らである事を証明する為だ」
僕が立ち上がると、彼女は少しだけ眉間に皺を寄せ、理解ができないというような表情で僕を見た。
「先輩はそれでいいんですか?」
「いいわけあるか。誰が好きで殺されたいと思うんだよ。でもしょうがないだろ」
だって、僕らはいつだって、そんな風に脆くて弱い場所で成り立ってきたじゃないか。
前世だって今世だって、来世だって。僕らはそういう運命なんだ。
彼女は大きな溜め息を一つ吐くと、包丁の柄を握って立ち上がる。そして、僕の正面に向き直ると刃先をこちらに向けた。
千年前の静かな夏の夜を思い出す。あの日もまた、彼女はこんな風に僕に銃を向けていた。
「ジェシカがアランを殺した本当の理由が、先輩に分かりますか」
彼女が突然、そんな風に言った。僕は意味が分からず、「は?」と間抜けな声を口から零してしまう。
「まあやっぱり分からないでしょうね。少なくとも今世では」
「教えてくれないの?」
「教えません。でも、来世では教えてあげるかもしれませんね。先輩が、私を覚えていれば」
それを聴いて僕は安心した。忘れるはずもない。彼女が僕に向けている刃先数センチには、何千年の殺意と後悔と罪悪感が塗りたくってある。いつだって、僕らは僕らだ。
「では、また来世です。誰よりも嫌いな先輩(アラン)」
「うん。また会おう。誰よりも愛しの後輩(ジェシカ)」
ある時は別の国同士の兵士。
ある時は明智光秀と織田信長。
ある時は領主と農民。僕はいつの時代でも、そんな風に殺され続けてきた。つまり、前世の記憶を思い出してしまった。
「少なくともあの時は本気で君が、いや、ジェシカが好きだった。なのにいきなり銃でドンってのはあんまりだろ」
「農民の先輩には想像もできないでしょうね。私達貴族がどれだけ家柄に虐げられてきたのかなんて。というか好きとか言わないでください気持ち悪い」
朝から止む事のない激しい雨風が、閉め切った部室の窓を強く叩く。その音に負けないよう、僕らは大きな声で口喧嘩をする。前世から、その前から、遥か昔から続く口喧嘩だ。
「一族が一族である事を、私が私である事を証明する為に必要だったんです。先輩みたいな遊び人の汚れた血はいらなかった」
「暴飲暴食を重ねてそうなそっちよりよっぽど綺麗な血だと思うけど」
何千年分かの苛々を募らせた彼女は、それを表すように机を人差し指で強く叩く。机の上には彼女が家庭科室から持ってきた大きな包丁があって、机が小刻みに揺れる度、それが小さな金属音を鳴らした。
「でもよかったです。私が先輩の事嫌いで」
「どういう意味だよ」
「少なくともあの時の私は、ジェシカは、アランを殺すのにそれなりの罪悪感があったんですよ。でも今日という日は安心して先輩を殺せます。罪悪感なんて微塵も無いので」
「罪悪感とか、君とは程遠そうな言葉が君の口から聞けるとは思わなかったな」
そう言うと彼女は「殺すぞ」と言いたげに強く僕を睨み付けた。殺すくせに、と思ったがなんだか野暮な気がして言わなかった。
視線を逸らすようにして窓の外に目を向ける。六月の雨は強い。綺麗な星空が瞬く夜空の下、彼女に撃ち抜かれたあの日とは大違いだ。
「考えてみれば、僕が君を殺した事は一度も無いままなんだな」
「……そうですね。一回くらい交代してみますか?」
「嫌だよ。僕は手を汚さないまま生きる」
「この場合生きるとか死ぬとかよく分かりませんけどね」
上下運動を繰り返していた彼女の人差し指が止まる。多少なりとも罪悪感があるのだろうと直感で思った。
彼女が僕を嫌いな事実は疑いようもない。そこは信頼していい。だから、今この瞬間の罪悪感ではなくて、今までの何千年かで積み重ねてきたものだ。
しょうがないのだ。車のブレーキが壊れて暴走した先に子供がいた事も。愛する家族の元へ帰る為敵国の兵士を狙撃する事も。この先の日本を想って暴君だった将軍に謀反する事も。自分が自分である事を証明する為、愛する人を殺す事も。全部、しょうがなかった。
「今回だって同じだよ。僕らが僕らである事を証明する為だ」
僕が立ち上がると、彼女は少しだけ眉間に皺を寄せ、理解ができないというような表情で僕を見た。
「先輩はそれでいいんですか?」
「いいわけあるか。誰が好きで殺されたいと思うんだよ。でもしょうがないだろ」
だって、僕らはいつだって、そんな風に脆くて弱い場所で成り立ってきたじゃないか。
前世だって今世だって、来世だって。僕らはそういう運命なんだ。
彼女は大きな溜め息を一つ吐くと、包丁の柄を握って立ち上がる。そして、僕の正面に向き直ると刃先をこちらに向けた。
千年前の静かな夏の夜を思い出す。あの日もまた、彼女はこんな風に僕に銃を向けていた。
「ジェシカがアランを殺した本当の理由が、先輩に分かりますか」
彼女が突然、そんな風に言った。僕は意味が分からず、「は?」と間抜けな声を口から零してしまう。
「まあやっぱり分からないでしょうね。少なくとも今世では」
「教えてくれないの?」
「教えません。でも、来世では教えてあげるかもしれませんね。先輩が、私を覚えていれば」
それを聴いて僕は安心した。忘れるはずもない。彼女が僕に向けている刃先数センチには、何千年の殺意と後悔と罪悪感が塗りたくってある。いつだって、僕らは僕らだ。
「では、また来世です。誰よりも嫌いな先輩(アラン)」
「うん。また会おう。誰よりも愛しの後輩(ジェシカ)」