旅と私

なるべく動きたくない。

きつい運動もしたくない。

エアコンや暖房の効いた部屋にいたい。

休みの日は家でゴロゴロしたい。

 

基本的にインドア傾向にある自分が外に行きたい、いろんな場所に出かけたい、歩いて回りたい、と思うときは旅するときだ。

 

できれば疲れることはしたくないし、一日中横になってテレビを観たりネットサーフィンをしたりするのが大好きな自分が旅に魅了されたのは、現在も所属している学生団体やそこにいる仲間がきっかけだった。

 

旅する前は、責任者の大人がいない海外渡航ってどうなるんだろうとか、渡航先でうまくいかなかったらどうしようとか、色々考えていたことはあったけれど、いざ旅先についたらそんなことはすぐ不安じゃなくなった。

自分と全く様相の違う人々が、読み方が見当もつかない看板の文字が、五感で感じとる全てが、自分には全く新しくて未知のもので。バックパックに詰めた少しの荷物と自身の身体だけで未開の地に降り立った自分は、さながら戦いに挑みに行く勇者のような、なんだか刺激的な感覚がする。

 

見るもの、聞くもの、触るもの、食べるもの、香るもの、

全部が自分にとって得体の知れないものだから、旅先でじっとしているのはもったいない。

一分一秒でも多く感じ取って、全身で記憶したい。

旅にはそう思わせる特別な効能があると思う。

 

教科書で見ていたガンジス川の速さが実は部分ごとに違っていたのも行ってみないとわからないし、空気が澄んで綺麗なヨーロッパの旧市街の美しさも自分の目で確かめてみないとリアルじゃない。

 

でも旅に行くための大義なんて全然必要ない。

旅に行きたいという熱心な動機も必要ない。

 

とりあえず外出てみようかな。

それだけで十分だと思う。

むしろたいそうな理由がない方がいいとさえ思う。旅に行く前と旅を終えた後のギャップも旅の魅力の1つだから。

 

旅先にいるとき、忘れたくないと思う瞬間は不意に訪れる。

それは日が昇ってない早朝の散歩の時だったり、一晩中起きてた後の寝る前のひと時だったり。

そういう1シーンを残したいがために、BACKPACKERを通して書き綴るのかもしれない。現に、忘れたくない瞬間にできるだけふさわしい言葉を探す時間は旅に行ってる時と同じくらいワクワクする。

 

書き綴ってもどうしても表しきれないものもある。人で騒がしい上に牛もそこら中にいる大通りのガヤガヤした音とか、あたりに人の住む気配がなくて風が揺らす木々が擦れる音とか。

どうしても思い出したくて、また感じたくて、だからまた旅に行きたくなる。

 

現に今、ものすごく旅に行きたい。

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