理不尽  道理をつくさないこと。道理に合わないこと。また、そのさま。

私は理不尽が大嫌いです。どのくらい嫌いかと言うと中学も高校でも理不尽さを感じるとすぐに癇癪を起こし、校長先生に叱られた思い出があります。

AA研に入ってから得た新しい感覚の一つに「理不尽を楽しむ」と言うことがあります。
私には農大生以外にされたくない質問があります。それは「なんのサークルに入ってるの?」という質問です。アジア・アフリカ研究会に入っています。」と答えると大抵の人は何か怪しい宗教団体にでも接する様な反応をします。
気持ちはわかります。
今でこそ内側で生活をして居る私ですが、アジア・アフリカ研究会という名前の発する威圧感は凄まじいです。そして、そんなヘンテコで不気味なサークルに加入する会員ですから強気で、わがままで、へそ曲がりな会員が多いのです。
AA研は、なんら変哲のない唯歴史が長いだけのサークルって感じです。しかし、強気で、わがままで、へそ曲がりな会員が集まるサークルですから物事は基本一筋縄では行きません。

私はこの1年間AA研でいろいろな活動をして来ました。そしてその活動全てで経験した事のない理不尽に遭遇して来ました。今までの常識が全部ぶっ飛んでいく様な理不尽です。
最初は意味のわからなさに驚き対処がわからずに多くの失敗をしました。

AA研では様々な理不尽に遭遇しました。地方に農業実習に行くと地域のしきたりや仕事の仕方に理不尽を感じました。会員との共同作業や意見交換でも理不尽を感じました。合宿に行っても、普段の生活でも常に理不尽を感じていた時、ふと私が今まで利用して来たルールや仕組みといったものは公共の物なのだと理解しました。
AA研は小さなサークルです。そしてAA研の活動や指針、仕組みやルールは本筋は、有るものの、少ない会員に合わせて毎年、毎年変化して来ました。そのルールは政府が大衆に向けて出したしっかりとしたルール</font>ではなく、地方農村で小さなサークルで、その小さなコミュニティーが満足する為だけのルールや仕組みなのだと体感しました。AA研に入ってから感じていた理不尽の多くの場合は私自身の視野が狭く浅いことが原因でした


ゲームや映画も思い通りに行かないから楽しいです。近代哲学では、共産主義の時代が終わり資本主義の時代が終わる時、全く新しい主義思想は引きこもりやニートと言った人々が産むのではないかとも言われています。理不尽の持つ見通しの付かない様や道理の合わない様は、期待感や新しい視点とも言い換えられます。それを理解した今、私は「理不尽は楽しむ時代だ」と思う様になりました。