自己紹介(っぽい何か) ※閲覧は自己責任で

あらかじめ言っておこう。私はいわゆるオタクだ(誇れるほどの深さを持ち合わせてはいないが)。大学に入ってからは最低限の勉強の合間にPCゲームをやる日々を送っている。ここのブログは基本的に何でも書いて良いらしいので、記念すべき初めての記事では自己紹介も兼ねて今の自分に至るまでの遍歴(?)などを書いていきたいと思う。

きっかけとかそういうの

そもそも私がこうなった間接的原因は小学校低学年の頃にまで遡る。私の祖父母の家の一階は美容室だったのでジャンプが置いてあり、祖父母のもとへ行くたびに読んでいた。「当時は『ToLOVEる』が載っていた」と言えば大体の人が色々察してくれることと思う。そこに「いちご100%」でお馴染みの河下水希先生による「あねどきっ」も重なってたんだからこういう末路を辿るのもまあ当然と言えるかもしれない。間接的原因の二つ目は小学校2年生の時に友達の中で「ハリー・ポッター」シリーズが流行したことだ。なぜかみんな映画を観ることよりも原作小説を読むことに傾倒していたため、周囲に流された私も本の虫への第一歩を踏み出すこととなった。

直接の原因は中学1年生の時。従兄弟に勧められたSAOやダンまちを読んだことだ。ハリー・ポッターを読んで以来ずっとファンタジー小説が好きだった上に一般の小説の持つ重苦しい話に辟易していたのが重なって、ラノベにどっぷりハマった。そのままズルズルとアニメや漫画、ソシャゲにもハマっていって、気づけば中高6年間の自宅での時間はほぼこれらに吸われていた。
中学6年生の時にはついに前々から気になっていた「うたわれるもの」シリーズに手を出してしまった。受験期に何やってんだと言われてしまうかもしれないが、スマホで手軽にストーリーだけ追えてしまうのだからついやっちゃっても仕方のないことだ(うたわれるもの公式サイト)。このあたりの時期にノベルゲームという形式に興味を持ち始めたことが大学に入ってからの私のオタクライフに響いてきている。


大学生になるとサマポケに出会った(Summer Pockets REFLECTION BLUE 公式サイト)。スマホで1ルートだけ無料配信していたのをプレイし、きちんと最後までプレイしたくてPCゲームをやれる環境を整えた。ここからは周囲の人に引き摺り込まれていったこともあり沼一直線。PCでやるノベルゲーム類なんてほぼ18禁なので沼は沼でもエロゲ沼なんだが。

とまあこんな感じで今の自分が形成されたんだと思う。ここからは自分の好きなものについて書いていく。

一般ゲームについて

小学校の頃はファンタジー好きだけあってドラクエとかのRPGばかりやっていたが、中高時代には「アトリエシリーズ」をメインでやっていた気がする。
私が初めてやったアトリエシリーズの作品は「ソフィーのアトリエ」だ(ソフィーのアトリエ公式サイト)。まずソフィーちゃんが可愛い。主人公が大好きになれるからプレイしててすごく楽しいんだよね。そしてドラクエなどの「徹頭徹尾世界を救うことを目的とするRPG」とは一味違った世界観が気に入った。ある意味ご都合主義的な面もあるんだけど「それくらいでちょうどええやろ。」と思えてくるのんびりした雰囲気は唯一無二。また、錬金というシステムの奥が深く、どこまでもやり込めるのも良い。前作の主人公が師匠として活躍していたりするのもアトリエシリーズの魅力だ。

アニメ・漫画・小説等について

小学校の頃はずっとファンタジー小説を読んでいた。「ハリー・ポッター」に始まり「バーティミアス」「パーシージャクソン」「ドラゴンライダー」「セブンスタワー」などを図書館に通い詰めて読んでた。
中学以降はラノベを片っ端から読んでいた。学校帰りに寄れる岡山県立図書館はやけにラノベの在庫が豊富で最新刊まで取り揃えてるからそりゃあもうガンガン読んだね。結局岡山に住んでいる間はずっと県立図書館にお世話になりっぱなしだった。
アニメは読んだことのあるラノベや漫画のアニメから入って範囲を広げていった。
スマホを持ち始めてからはソシャゲもかなりやった。アイマスの諸々やグラブル、FGOなど、かつての私がどうやってそんなにやる時間を作っていたのか不思議なくらいにやっていた。

18禁ノベルゲーム等について

↑これを見ればわかるように、ここからはわりとアレな話が続くのでそういう話題が苦手な人だとか私への変なイメージを持ちたくない人はここで引き返してほしい。まあ画像とかはナシで文章のみで語るから余程の潔癖でもなければ耐えられるとは思うが。また、ここからは直接的な表現を避けがちなので意図を汲みながら読んでほしい。※ここ以降で語るのは二次元(創作)についてであり、三次元(現実)についてはほぼ触れていないことにご注意ください。

(引き返す猶予のための余白)

これを読んでいる人の中には「堂々とエロゲーの話をするなんてどうかしている」と思う人もいるだろうと思う。しかしよく考えてもみてほしい。ベッドシーンのある映画やドラマなんて珍しくないし、それを観ることに後ろめたさを感じない人間がほとんどだろう。多分。だがなぜそれがゲームとなると途端に恥ずべきもののように扱われるのだろうか。そのあたりのことを考えた結果、私はあえてこの記事にこういう部分を設けることにした。
まあこんなのは書きたいことを何にも縛られず書くための言い訳なんだが多分こういう問題提起っぽい雰囲気さえ出していれば何書いても許してくれる...はず。
というわけでここからは好きなように書くぞ!!!



「感動的な物語」に必要なのは「深い関係」だと私は思う。深い関係とは、例えば恋人や夫婦、親友、場合によっては宿敵と言ったものが挙げられるだろう。深い関係の成立の裏には長い長い物語があるし、関係の深さゆえに別離や再会、対立、あるいは何気ない日々でさえ語られるべきものとなる。

関係の深化について

あくまでも一例だが、親友の場合は困難に協力して立ち向かい乗り越えることで、宿敵の場合は互いの全てをかけてぶつかり合うことで、それぞれの関係が完成する。雨が降って地が固まりきればそれ以上の深化は普通はもうない。では恋人はどうだろうか(夫婦のケースはここに含まれるとみなすことにした)。愛し合う二人が結ばれて、将来を誓い合ったところで終了する物語は非常に多い。まだ関係を深める余地が残されているにもかかわらず。その余地とはもちろん子に関わることである。二人の愛の結晶として次代の生命を育み生きた証を遺すところまで描いてこそ愛し合う二人の関係は完成を見るのではないだろうか。物語の終わりが見えなくなってしまうので子の成長の物語をしっかり描写しきれとまでは言わないが、せめて子をなす覚悟や決意のようなものを見てみたいと私は思うのだ。関係の完成によって彼らが愛に溢れた幸せな未来を歩んでいけることを信じていたいのだ。たとえそれによって18禁になってしまおうとも。

悲しみの増幅について

幸せなばかりの日々を描いた作品もいいものだが、たまにはメンタルに大ダメージを与えてくるような辛い話も見てみたくなる。そしてそんな辛い展開を引き立てるのが「深い関係」だろう。主人公にとって見ず知らずの他人が死ぬ物語よりも、主人公の大切なひとが喪われる物語の方が辛いに決まっている。
だがここで問題がある。付き合うまでの過程にちゃんと尺を割かなければ恋人という関係が薄っぺらに見えてしまう一方、そこに尺を割くと「付き合ってから何らかの事件が起きるまで」が短くなってしまいがちなのだ。付き合い始めたばかりの二人に訪れる悲劇というのもまた良いものだが、それではまだ辛さが足りない。「まあ付き合い始めたばっかりなんやし次へと切り替えてこ」ってなってしまうからね。二人の愛が深まり幸せの絶頂にいる時にこそ、この悲しみは最も映える。
この問題を簡単に解決できる、手っ取り早く関係を深める手段が二人の間で行われる性行為だ。ここにおける性行為は、深い愛と、生涯その愛を貫くという覚悟の表明に等しい。そんな覚悟ができるほど深まった関係に訪れる悲劇というものの素晴らしさは一度味わったら決して忘れられず、やみつきになってしまう。まあ付き合い始めてすぐにやるのはどうかと思わなくもないが、個人的にそこは妥協できるラインだ。

ここまででエロゲーのエロ要素の持つ意味合いについて力説してきたわけだが、おそらく理解はしてもらえないだろう。ただ、こういう考え方もあるのだということを知ってもらいたかった。こういう機会でもないとこんなこと書けないしね。


雑記

どんなキャラが好みかというものの指標に「いちご100%」のヒロインが用いられた時代もあったと聞く。私は四人の中なら西野が一番好きだ。ちなみに「ToLOVEる」だとヤミが好き。可愛いは正義なんだよなあ。

最後に

ここまで読めば私の趣味嗜好についてわりと深く知ることができると思う。それをもとに私にお勧めの作品などあればまた教えてほしい。以上。