OELVNについて (3) Ambre

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BoardFaerie
りろっしー


 今回の紹介記事, 2番目に紹介させていただく作品は “Ambre” です.

 公式サイトはこちら. Steamサイトはこちら.

タイトル画面. 右の少女が Ambre.

 タイトルは作中でてくるメインキャラクターの Ambre (アンバー) という少女を指します. この作品はフランスのインディー[注1]ゲーム開発会社 Träumendes Mädchen [注2]による初期の作品の一つで, 2013年4月にオリジナル版, 2017年6月にSteam向け再構成版が発表されました.

 オリジナルはフランス語で書かれたものなので Original “English” Language Visual Novel の一つに含めるのは厳密には違いますが, VN は日本製のものが優勢であり, それに対抗して出てきた OELVN というジャンルの流れに沿った作品の一つとしてこれを紹介することにしました.

 この作品はSteamで無料でダウンロードすることができます. また, ゲームを起動して設定で日本語を選択することで日本語版にすることが可能です.


 まずはこの VN の簡単なあらすじを紹介しましょう.


~あらすじ~

 妻を失った悲しみに暮れて街を放浪していた男 Tristan (トリスタン). 彼は Ambre (アンバー) という記憶喪失で身寄りのいない少女にある公園にて出会う. Tristan は Ambre を彼の家へと招き, 一緒に過ごし始める. Ambre は Tristan と遊園地に行ったりお人形遊びをしたりなど年相応に遊びながら毎日を過ごしつつ, 彼と親子のような奇妙な同棲関係を築き始める.

 数ヶ月がたち, Ambre はだんだんと育ちもっと早く大人になりたいと願い, ある種の思春期に入る. 同時に, Tristan に対して親子愛というよりも恋心を募らせていく. 女性誌を読み漁ったりテレビの特集を見て化粧をしたりなどし始め, また彼の妻がどのような人であったか, 彼の妻のようになりたいと思い手がかりを探す. そして Ambre は Tristan と彼の妻の写真集を見つけ, さらに強く Tristan のことを独占したいと思い始める. だが, Tristan はそのことを気にしないかあるいは気づいてないかのように振舞い続ける.

 そして Ambre は Tristan に尽くしているのに全くわかってもらえないということに失望する. Tristan は彼女が彼に尽くしているとしてることに驚くが, Ambre の恋人になって欲しいという願いを聞き入れ恋人になる. 二人は仲良く過ごすものの, Ambre は満足せず, 彼女は Tristan に結婚するよう迫る. Ambre と Tristan は結婚して一時の幸せを噛みしめるが, しかしそれでも彼女は満足せず, 家族を持ちたいと考え始める. 


 異様な関係の2人の日常を描いたこの物語は最終的にその背後に隠された悲劇を描く. それがどんなものなのかは, ゲームをプレイしてみて確かめてください.


~考察/感想~

 最終的にこの物語は背後にある悲劇を演出します. そのある悲劇に関してはゲームをやってもらうとして, 悲劇の原因の方について考察しましょう. その悲劇の原因とは, 上記のあらすじの「Tristan のことを独占したい」からわかるように, Ambre がヤンデレ[注3]であることです.

 ヤンデレを描いた作品のテーマとして個人的によくあると思うものは「ヤンデレは外界との交流や自省の欠如が原因」です. 「外界との交流」というのは, 自分と相手の二人のみで世界が完結してしまうことで, その内部の不和, 捻れが気づかれないまま悲劇につながるから, 外部と交流して早めに気付こうということです. 「自省」というのは, 外界との交流があったとしてもそこから得られる教訓等を自分たちに当てはめなければ, しっかりとした関係を築くことはできないというテーマです.

 この作品は確かにその「ヤンデレは外界との交流や自省の欠如が原因」というテーマも描きますが, 今回はそれ以外のテーマに着目します. 取り上げるテーマの一つは「マスコミと広告業界の画一的な価値観は個人に害をもたらす」です.

 この物語において Ambre がヤンデレになる直接的な原因の一つは彼女の「(Ambre の思う)理想的な女性像」への異常なほどの執着です. ここで本ゲームの公式日本語訳版の Ambre が夫婦では十分に感じなくなり家族を望み始め, Ambre の狂気的な考え方が現れてくる部分の文章から引用します.

 女性の生まれついての役割とは当然, 出産することだと言われていた. 真の女性たるもの母になることを願うものであり, それはDNAのどこかに書き込まれた不変の法則なのだ. 

 真の女性たるもの, 子 (できれば女の子がいい, 自分と同じような道徳観で育てられるからだ) を養育する義務を負っているものである. 生きた人形たる子とともに遊び, その髪をとかしてやり, お茶会ごっこをしてやらねばならない.

 (中略)

 子供を欲しがらないのは, 知らず知らずのうちに不幸になるだろう, 未成熟で自己中心的あるいは神経症な者たちだとアンバーはどこかで聞いたことがある.

 (中略)

 アンバーはトリスタンの説得に余念がなかった. 母性は少女の夢が具現化したものであり, 二人の関係が継続していくことの論理的かつ絶対的な帰結であり, 永遠の愛が存在するという確固たる証拠であり, 二人に課されたノルマであると, 説き続けた.


(公式日本語訳版, Ambre が Trestan と夫婦では十分に感じなくなり家族を望み始めた時期の文章より.)

 個人的にこの辺の文章は Ambre と Tristan の表面的な幸せに隠された Ambre の狂気を非常に上手く描いていて略さずに載せたいのですが, 全貌は読んでみてのお楽しみということにします.

 さてこのように, Ambre は「(Ambre の思う)理想的な女性」とは結婚, 出産, 育児, 家事をするもので, 「(Ambre の思う)理想的な子供」とは母親の「生きた人形」であると決めつけていています. そしてその考えに囚われ他の考えを受け入れることができなかったのが物語の後半で語られる悲劇の直接の原因となります.

 ではなぜこのような「(Ambre の思う)理想的な女性像」への執着が起こったのでしょうか. 原因は物語の中で明確に描かれてます. 先に示したように「マスコミと広告業界の画一的な価値観」です. ここでもう一つ公式日本語訳版の Ambre がある種の思春期になった時期の文章から引用します.

 午後はテレビで美容番組を観るようになった. 合間に雑誌を読んで, 可愛くなる方法や男性を惹きつける方法を覚えようとした. トリスタンに今までと違う風に見られたかったのだ. 大人の女性として見てもらうには, それらしくふるまわなくては. だが彼女はどうしていいのか全く分からなかった. 

 ありとあらゆる「男性を夢中にさせる方法」を伝授してくれる女性誌は, アンバーにとってまさに理想郷だった. 記事を通して女性らしいふるまい方や魅力的な女性とはどうあるべきか学んだ.

 (中略)

 ページを次々とめくっている内に, 記者たちが絶賛している商品が全部欲しくなってきた. お堅いトリスタンを誘惑するにはそれくらい必要だった.


(公式日本語訳版, Ambre がある種の思春期になった時期の文章より.)

 上記の引用からわかるように, Ambre は思春期の時に観たテレビや読んだ女性誌から「女性とはこうあるべき」というような価値観を植え付けられます.

 マスコミ業界はテレビ, 新聞, 雑誌等を通して, そして「セレブ」という「モンスター」(原文より引用)を使って, ターゲット層, つまり「理想的な女性」を目指す属性集団の価値観をそのように一律化, 均質化します. 広告業界は美容商品, 美容手術, 本, 雑誌などの広告をマスメディアに出し, 同じターゲット層の拡大を目指します. 

 そのターゲット層は価値観の一律化, 均質化に伴って先鋭化し, 外からの批判を無視するクローズドな集団となります. そのような集団は均質化された価値観に当てはまらない人間を迫害したり, そこに属する人は自分が(十分)当てはまらなかった場合そうなろう, そうしようとする強迫観念に囚われます. Ambre はこの植えつけられた「理想の女性像」への憧れ, 言い換えると強迫観念, と Tristan への重い愛が同じ方向を向いたことが原因でヤンデレになります. Tristan にも Ambre への重い愛があるため, Ambre と Tristan は共依存になります.

 以上のことは物語中では一部明示されていて, そうでない部分も十分暗示されてる, と僕は考えました. 

 思想の自由から Ambre のように「(Ambre の思う)理想的な女性」になること, 目指すこと自体は当然許されます. しかしその価値観を集団全体で均質化して広めたり, それにより Ambre や Tristan のように直接的, 間接的両方で苦しむ人が出てくることは大きな問題である, と個人的に考えます. この物語はフィクションですが, このような問題は実際に起こっており, その詳細についてはジェンダー論, ジェンダー研究などで議論されてます. しかし今回は僕がその辺の議論を正確に記述できるほど詳しくないのと, 少々長くなりすぎるのでここで止めておきましょう.

 また少し話題が逸れますが, Ambre のようにヤンデレになると, 相手(と周りの人間)に多大なる迷惑をかけてしまい, 十分に相手に伝えたいこと, 伝えるべきことを伝えることができなくなります[注4]. この他にもこの作品には多くの考察すべき点がありますが, それらについてはDDLCの回同様, 僕の個人ブログにて続きを載せたいと思います.

 このように, この作品は可愛らしいキャラクターの背後に隠された深い闇を高い文章力で美しく描くことで, 短編ながらも現代の社会問題を提示するテーマを表現しています. そしてそのテーマとは「マスコミと広告業界の画一的な価値観は個人に害をもたらす」です.

 これにて “Ambre” の紹介, 考察, および感想を終わらせたいと思います.

 最後に, このゲームを作ってくださった Träumendes Mädchen の方々に対して感謝の意を申し上げます.


 ここまで読んでいただきありがとうございました.


[注1] “Indie game”. “Independent game  の略.”個人もしくは少人数で大規模な支援なしに開発したゲームのこと. 同人ゲームよりも商業性が強く一次創作であるもののみを指す.

[注2] ドイツ語で「夢見る少女」という意

[注3] 「病んでる」と「デレ」の複合語. 広義の意味としては精神的に病みつつ誰かを好きになったキャラクターのこと. 狭義の意味としてはそのキャラクターの中でも相手のことが好きすぎるのが精神を病む原因となったキャラクター. さらに狭義の意味としてはその中でも相手を殺すことで永遠の愛を表現したり, 自分と相手以外の全員を殺したいなどと思ったりするキャラクターのこと. 個人的には (ここにおける) 最も狭義の意味がヤンデレの2020年現在における一般的な定義と感じてます. Ambre は (ここにおける) 広義のヤンデレに含まれますが狭義のヤンデレには含まれません. そのため Ambre をヤンデレと形容することに違和感を覚える方も多いと思われますが, ここでは広義の定義を採用し, Ambre はヤンデレであるとします. 詳細は Wikipedia日本語版ニコニコ大百科のヤンデレのページを参照してください.

[注4] ヤンデレにならないようにしましょう. 本当に.


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