僕らのスコーク77

 同学科の方が企画した、写真を小説にする企画に参加した際の作品です。 ​https://pando.life/tech-c-fukuoka/article/105559​​​

君と僕と誰かのはなし

小金丸 愛友
福岡デザイン&テクノロジー専門学校






 ねえ、君は覚えているかい。
 僕らが出会ったあの日を。
 あの頃の僕は、暗い暗い夜をもがいて、ふらりふらりと寄る辺もなく歩いていて、形も色も正体も分からない、漠然とした何かを恐れていて。
 このまま僕はどこに行くんだろうと、このまま僕は何になるんだろうと、あるいは何にもなれないままなんだろうかと、ずっとずっと息苦しかった。
 辛いわけじゃないんだけど、辛い。眠たいわけじゃないんだけど、このまま眠りたい。死にたいわけじゃないんだけど、生きたくない。僕だけがそうじゃないって事は知ってるけど、でも、生きたくない。
 いっそいっそ、消えてしまえたら諦められるのに。いっそいっそ、全部壊れてしまえば楽なのに。このまま、瞼が開かなければいいのに。
 そんな時、僕の前に現れた君は、僕と同じだったんだ。暗くて、息苦しそうで、ここじゃないどこかに行くんだと手を伸ばしていた。
 厚い厚い雲の先、きっとそこにあるんだ。この入道雲の先に、私の欲しいものが浮かんでいるんだ。強く願う君に、僕はそうだといいねと言って、そっと君の手を取った。陽射しみたいに暖かな手だったのに、君はずっと悲しそうだった。
 君と一緒なら、僕は生きていける。僕ら二人なら、どこにだって行ける。そう思った時、ようやく暗い暗い夜が晴れた気がした。
 
 ねえ、君は覚えているかい。
 いつか、こんな世界捨ててしまおうねって笑ったあの日を。
 青空に線を描く、行く先も分からない飛行機を見上げたあの日々を。
 眩しすぎると目が痛いから程々でいいね。綺麗すぎると恐ろしいから汚れてるくらいがいいね。そうやって、僕らが向かうべき場所の事を想っていた。
 いつも妄想していた。僕のポケットには二枚の航空券が入っていて、君が死にたいと言った時、もう嫌だと泣き喚いた時、それを取り出すんだ。
 もう、こんな場所から逃げ出そうよって。もう、ここじゃないどこかに行こうよって。もう、全部全部投げ出そうよって。もう、それでいいよって。それがいいって。それで終わりにしようって。そうやって遠くに行くんだ。ずっとずっと遠くに。
 僕らが目指すべき場所の事を、僕らは何も知らない。でも、よく知っている。寒いかな、きっと暖かいよ。雨は降るのかな、偶にね。怖いかな、きっと優しいよ。寂しいかな、少しだけ。美しいね、そうだね。遠く離れたものは、美しく見えてしまうんだね。寂しいと、美しいんだね。
 いつか一緒に行くからさ。いつだって飛び出せるからさ。もう少しだけ待っててよ。もう少しだけ待ってるよ。そう思った時には、少し遅かったみたいだった。
 君のポケットからは、一枚の航空券がはみ出していた。
 
 ねえ、君は覚えているかい。
 初めて僕の前で涙を流したあの日を。
 初めて僕の前で作り笑いをした日を。
 初めて、僕に別れを告げたあの日を。
 君の言葉が宙を舞って、雲になって雨になってそれが僕を打ち付ける頃、僕はどうしようもなく泣きたくなったんだ。でも、涙の代わりにもならないような雨粒が頬を伝うだけだったんだ。
 君の隣にいられると思ってた。君と手を繋いでいられると思ってた。いっせーので、君とここを飛び出せると思ってた。それは僕だけかもしれないけど。
 君の頬に触れようとして、君の髪を撫でようと思って、君と唇を重ねようとして、それで。それで、伸ばした手は、君の涙を拭った。
 一人で行くんだね、そうだね。もう会えないんだね、どうだろうね。さよならなんだね、そうだね。
 夜が晴れた。雲は晴れた。眩しくて綺麗な青空が広がった。寂しい心には、痛くて苦しくなるような空だった。
 一枚の航空券を持った君は、遠い遠い空へと消えていった。ずっとずっと遠く、ここじゃないどこかへと行ってしまった。
 
 ねえ、君は知っているかい。
 澄んだ青空が君の瞳だった事。
 厚い入道雲が君の言葉だった事。
 描かれた線が君の足跡だった事。
 僕の手に残った体温が、まだ僕を離さない事。
 
 ねえ、君は知らなくていいよ。
 君に伝え忘れた言葉があった事。