渡航に行きたい理由

私は今回、なんとしてでも渡航に行きたい。


それは私が風の会に入った理由に由来する。

私は高校2年生の冬、カンボジアのスタディツアーに参加した。参加した理由は、大学生になる前に日本の外に出てみたいと思ったからだ。
中高一貫校で5年間部活に没頭していた私は、ずっと中高の檻の中で暮らしていた感覚だった。もちろんその日々の中で今の私が出来上がったし、成長と挑戦とだらけの5年間だった。ただ、このまま高校を卒業してよいのだろうか、どこか遠くに、今の私の生活とはまったく違うところに行きたい、という思いを日々抱えていた。そこでたまたま見つけたのがカンボジアのスタディツアーだった。とりあえず行ってみよう、という軽い気持ちで参加した。
そこで私の価値観が変わった。今までなんとのんきに生活していたのだろう、と。私は、直接生活に必要のない知識まで、十分すぎるほど教育を受けている。一方で、カンボジアには様々な理由で十分な教育を受けられていない子どもたちがいる。でもその子たちも私と同じように、この地球で日々暮らしている。特に気になったのは、私なんかよりもずっと輝いていたし、大きな夢ととびきりの笑顔を持っていた。
この子たちが十分に自分のやりたいことができないなんておかしすぎる。一方で私は十分すぎる教育を受けている。
この矛盾を感じたときに、「教育を受けている私が動かなきゃ」と思った。

この渡航から2年半経った。大学に入学してから風の会に入って、ものすごい熱意をもった仲間と出会い、1年間プロジェクトを動かしてきた。1年生だけで新しいプロジェクトを発足させて、たくさんの人を巻き込んで1つのイベントを成功させた。ただ、コロナ禍で日本国内の活動が多く、2年半前のカンボジアで感じた熱い思いを思い出すことが少なくなってしまった。それでも毎日充実していたし、支援者からのフィードバックがたくさんあったし、何より一緒に頑張る仲間がいた。

そのプロジェクトが落ち着いて新しいことに挑戦しようと意気込んでいる今、このままあの時の思いが薄れていく一方なのは絶対に嫌だ。高校生で途上国の現実を目の当たりにできたという奇跡と、それがきっかけで風の会のメンバーに出会えたということがすべて無駄になる気がする。あの時した経験のおかげで、自分なりの大学生活を見つけられたし、のほほんと日本で暮らしていていいのか、と自分に喝をいれることができたのに、その思いがしぼんでしまっているのが許せない。そんな自分も嫌だ。

カンボジアの子どもたちと会いたい。あのとびきりの笑顔を見たい。一緒に幸せを感じたい。その上でもう一度自分の将来を見つめなおしたい。

あの子たちをほおっておいて、このまま日本で恵まれた生活をするだけでいいのか。自分の幸せだけを追っていていいのか。もう一度考えたい。目を覚まさせたい。成長したい。一皮むけた自分になりたい。

これが渡航に行きたい理由だ。
2022夏WC 渡航への想い
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