仕事をする上で大切な3つの「意」

仕事をするうえで欠かせないものが、「熱意」・「誠意」・「創意」と聞いたことがある。

熱意のないところには何も生まれない。熱意や情熱こそが創造の源泉であり、物事を創業、創始した人はただならぬ情熱の持ち主であることは間違えない。

パナソニックの創業者である松下幸之助翁は、以下のように言っている。


「2階に登りたいなぁではまだまだダメ。なんとしてでも2階に登りたい。そんな情熱がはしごを生んだ」と、

「2階に登りたいなぁ」は、だれでも思う。しかしその程度の思いでは2階に登ることはできない。「なんとしてでも」という熱い思い、たぎるような熱い思いがあって初めて、2階に登るためには、ああしたらどうだ、こうしたらどうだと一日中考えるようになり詰めることが出来て「はしご」という手段、方法に思い至るのであると言う。

そして、この熱意と両輪になるのが誠意である。
人間、情熱だけでもそれなりに上手くいくものだが、それは一時期なもの。人間として誠実さを欠くと必ずどこかで崩れたり、歪んだ結果しか手にできない人生になってしまう。

「誠は扇の要」というが、小さな要があることで、扇はその形を保つことが出来る。要を外せばバラバラになってしまう。どんな才能、才覚、情熱があっても誠実という要がなかったら、その人生は真の結果に至ることはできない。

また、「至誠神の如し」という言葉も存在する。これは誠心誠意を尽くすとき、人間業とは思えないさながら神の仕業のようなことが出現するという意味であり、胸に刻むべき人生の法則である。

最後に創意。
絶えず創意工夫をする。昨日より今日、今日よりは明日と常に前進するために、考え続ける。そこに仕事の飛躍が生まれる。なにより、創意のもとになるのは教養。そこに人が勉強し、幅広い人間的教養を積んでいく意義と必要性がある。

目の前にある仕事に対して、なんとしてでもという情熱はあるか。
俯瞰し、時間軸で考えたときに、いまの仕事そして自身は誠実であるのか。
考え尽くす前に諦めていないか。夢を形にするための教養を身に付ける習慣はあるのか。

まだまだだ。評論家でなく行動家でなければいけない。
苦は楽の種。楽は苦の種この法則を大切に夢を伴った苦労をしていこう。

MVに日本の夜明けをつくった明治維新の志士たちを載せた。これが私の目指すところである。

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