結局のところトヨタは「カイゼン」からいくら稼いでいるのか?

 2019年12月23日~25日にかけて学術書『イノベーションを生む“改善”:自動車工場の改善活動と全社の組織設計』(有斐閣)が発売される。イノベーションの必要性が叫ばれ、「改善なんかやってるから日本はダメなんだよ。時代はイノベーションだよ」という居酒屋談義がきかれる時代にあって、あらためて改善活動の意義を問い直し、改善活動が実は必然的に全社経営戦略マターになるという論理を示した本である。

 だが、そもそも本当にカイゼンって必要なのか?競争力につながるのか?という疑問の声は依然として大きい。このとき、カイゼンが企業経営にとって客観的にどれだけインパクトがある活動であるのかを示せなければ、やはりカイゼン研究の意義も乏しいということになる。そこでここでは、そもそもカイゼンから日本企業はいったいどれだけの利益を現実に得ているのかについてデータを示したいと思う。

 一例として、改善活動の経営効果の数値が取りやすいトヨタ自動車を取り上げる。なお、『イノベーションを生む“改善”』では日本の自動車産業の全数調査を目指して研究がおこなわれたため、トヨタ自動車以外についての様々な調査結果も存在しているが、そちらについては著書本文をご確認いただくことにしたい。

 データとしてトヨタ自動車の有価証券報告書が参考になる。実はトヨタ自動車は2000年以降「原価改善の努力」について計算結果を有価証券報告書に記載しているためである。このときトヨタ自動車一社を取り上げてみても、原価改善活動の利益貢献額は世界金融危機の影響があった2009年3月期を除き「年間数千億円規模」に達する。

出所)『イノベーションを生む“改善”』p10

 ただし、ここには部品や原材料の変更といったバリューアナリシス・バリューエンジニアリング(VA/VE)活動の影響も含まれているためこれを分離した方がよいという反論もありうる。こうしたデータの区別が可能な2015年以後のトヨタ自動車有価証券報告書によれば、純粋な工場のカイゼン効果は年間450~700億円である。金融部門からの収益を含めたトヨタ自動車の(連結)最終利益(純利益・包括利益)が数千億円から2兆円以上の間を推移していることを考えると、こうした利益のうち工場における狭義の改善活動でも数%~十数%、VA/VEを含む広義の原価改善は数十%程度貢献しているのである。

出所)『イノベーションを生む“改善”』p11

 トヨタ自動車の利益の大部分がカイゼンによって得られたと評価されているというのは、人によっては驚きではないだろうか。ところが、考え方によってはトヨタ自動車をはじめとして日本企業がカイゼンから得ている(得ていた)利益はこれよりも大きい。なぜならば、これはカイゼンそのものの直接的な利益だが、カイゼンにはこれから述べるように間接的な経営効果もあるからである。

 すなわちカイゼンは製品開発や部品調達といった他の経営機能に対して影響することで経営全体へ貢献する可能性もある。一例として、新製品開発では試作車や治工具・型枠などの製造・生産が必要となるが、開発活動に付随する生産活動の効率性がカイゼンによって向上することで、製品開発期間を短縮する効果が考えられる。またカイゼンの知識を蓄えることにより、部品サプライヤーに対してコンサルティングができるようになり、サプライチェーン全体の競争力強化につながる場合も考えられる。

 このようにカイゼンは工場だけの競争力強化にとどまらず、その企業が持つ他の経営機能にも好影響することで、企業全体の競争力を強化する可能性がある。そうだとすると、カイゼンの経営効果がどれほどのものになるかが理解できるだろう。

 カイゼンはこれまで全社戦略的な重大な経営課題だと思われてこなかった。それどころか、ときにイノベーションを阻害する悪者扱いされることさえあった。しかし、こうした発想は間違っているかもしれない。そうしてカイゼンに新しい視点から取り組み、イノベーション論と経営戦略論と経営組織論に接合したのがこの『イノベーションを生む“改善”』である

 

図表の出所:岩尾俊兵 (2019) 『イノベーションを生む“改善”:自動車工場の改善活動と全社の組織設計』,有斐閣.

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