7年をかけてたった1冊の『イノベーションを生む“改善”』を書かなければいけなかった理由

 父の葬儀で、ある人が私にこう言った。

「俊兵君、経営学っていうけど、どうやったらうちの製品が売れると?どうやったら生活が楽になると?」

 経営学研究に、これほど痛烈な反省を促された体験はなかった。答えなどないかもしれないし、答えるという発想が間違っているかもしれない。それでも、やはり経営学者を志すならばこうした真正面の疑問から逃げてはいけないと思った。それから自問自答を繰り返し、どんな値段であっても必ず利益がでるほど生産性が高い状態というのが一つの答えだと考え、それを実現する「カイゼン研究」へと引き込まれていった(それと同時に、自らもイノベーターとして行動すべく、クラウド型電子カルテ事業を立ち上げてみたり、カイゼン支援AIを作ってみたりもした)。

 そして、その研究の成果がようやく7年の年月をかけてまとまった書籍となったのである。

 昨日、単著『イノベーションを生む“改善”』の見本(といってもこれがそのまま書店に並ぶので見本というより初期流通品)が出来上がり、この本の出版社である有斐閣まで確認しにいった。B5という、本としては大きいサイズで、300ページあるので重さはかなりのもの。20冊ほどの見本の総量は10キロを超えていたと思う。

 しかし、これを手に取った瞬間、10キロの重さなど存在しないかのように軽やかな気持ちになり、郵送の申し出を断ってバッグに見本を詰めて持って帰った。そのうち何冊かは東京大学の恩師に当日夜のうちに配ってしまった。10キロという重量は錘にならず、私は浮足立っていたのだ。

 どうしてこんなに出版がうれしいのだろうと思い、色々書いてみることにした。多くの人は「そりゃあ、本が書店に並ぶんだし、(印税もあるだろうし?)出版は嬉しいんじゃないの?」と思うかもしれない。でも、実は英語の分担著など私にとって学術書出版経験はもう3回目(3冊目)で、論文の発表などを入れるともう数十回目の経験だった。また印税は今回受け取らない。それでも、今回の『イノベーションを生む“改善”』はこれまでと全く違う、はじめて味わう達成感がある。

 この本は7年という時間をかけていて、投入した時間は1万~2万時間ほど。それだけの時間をお金を得るわけでもなく投入したのである。それは、この本が「かならず世の中に出さなければならない」という使命感に基づいて生まれ、またこの本のことを考えるのが楽しくて楽しくてしょうがなかったからこそできたことだった。

 それでは、なぜこの本を世の中に問いたかったのか。それは、世の中の不合理・不条理・非効率がなぜ生まれるのかを明らかにし、それを解決する糸口が分かるかもしれないからだ。もちろん学術書だから、きちんと科学的・学問的な論理の運びを目指していて、啓蒙書や技術書ではない。それでも、この本の根本のテーマはこの「不合理の解明・解決」にある。

 日本企業が得意とする「カイゼン」。その意義は1980年代には世界中から称賛され、しかし日本企業の旗色がわるくなったバブル後には「カイゼンなんかやってるからイノベーションができないんだ」というように悪者扱いされることさえあった。こうした手のひら返しによって今ではカイゼンを研究する若手学者というと奇異の目で見られることさえある。しかし目線をちょっと海外に向けると、そこには研究者たちが着々とカイゼンの研究を積み重ね続けている風景がみえる。このとき、日本は自ら強みを捨てる愚をおかしていないかという疑問がわいてきた。

 本当にカイゼンや地道な努力はイノベーションを起こしえないのか?なんらかの理由でカイゼンはイノベーションになる芽を摘まれているのではないか?日本の十八番だったカイゼン研究の再発見、海外の最新研究の確認、さらに最新のコンピュータ科学によって可能になった仮想実験を用い、こうしたことをあくまで客観的・中立的に論じていったのが『イノベーションを生む“改善”』である。

 ここで述べられるのはあくまでも理論ではあるけれど、実践につながる理論である。カイゼンは連鎖する、その連鎖を決めるのはネットワークである。イノベーションはコンビネーションから生まれ、コンビネーションはコーディネーションから生まれる。そしてコーディネーションの巧拙を決めるのはネットワークの形態であり、ネットワークの形態はフットワークによって変化する。こうしたことは経営トップから組織で働く個人まで誰でも活用できる。実際に私もイノベーターとして微力ではあるが動いている。

 こうして、ようやく私は父の葬儀の場での問いに少しは答えられるかもしれない。それは言葉か行動かは分からないが私なりの一つの答えであることは確かだ。

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No Name
2019.12.14

お忙しい日々の合間を縫って7年。1つの問いに真摯に向き合ってきた時間かと思います。
私も形にしたい事があるのですが、なかなか思うように形にできず、もどかしい日々が続いております。
岩尾先生の記事を読み、改めて粘り強くコツコツ形にしていく大切さを感じることができました。

岩尾俊兵
2019.12.14

ありがとうございます!7年のうち特に最初の5年は教育負担もなく企業との共同プロジェクトもちょこっとしかなかったので、大半はこのプロジェクトに使いました。睡眠もかなり削りましたね…。
エゾンさんが形にしたい事は色々あられると思いますが、少なくともその1つかもしれないボードゲーム作成は私も来年の主目標にいたしますから、一緒にまた楽しくやれましたら幸いです。
私が獲得した研究費もすでにありますし(お金よりも意思が一番大事ですが)Pandoでクラウドファンディングしたりプロトタイプ体験者を募ったりするのもありですね。

粟本 邦幸
2019.12.13

岩尾先生、おめでとう御座います。
販売がクリスマスなんですね。
自分へのプレゼントにさせて頂きます!

岩尾俊兵
2019.12.14

ありがたいお言葉に感謝申し上げます。
嬉しいです!
次は「イノベーションを生む自分」がテーマであります。

松下 耕三
2019.12.13

岩尾先生、出版おめでとうございます。執筆の背景を知ることができ、拝読するのが益々楽しみになりました。益々のご活躍を願っております!!

岩尾俊兵
2019.12.13

コメントいただきありがとうございます。
色んな思いがこみ上げて、十分には背景を描き尽くせませんでしたが、今後も自分自身がイノベーションを生む改善を実践することで思いを消化していくつもりであります。
重ね重ねありがとうございます!

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