人工社会シミュレーションからみる新型コロナウイルス

 最近、新型コロナウイルスが猛威をふるっている。

 その結果として研究会が中止されたり、ビジネスミーティングが延期されたりなどしていて、普段社会との接点が普通の社会人よりは少なめな私でもコロナの影響をひしひしと感じる。

 こうした騒ぎの中で、医師および医学系研究者は日々文字通り命を懸けてコロナウイルスへの対処に奮闘しているようだ。そんな中にあって、自分は社会科学の研究者だからと何もしないのは不誠実である気がした。

 そこで、ささいなことではあるけれども、普段自分が研究で用いている人工社会という技術を使って、コロナウイルスと社会状況についてシミュレーションを組んでみることにした。使用したプログラミング言語はNetLogoといって、この分野に特化した言語である。簡単に言えば、人工知能を何千体も作って交流させることで社会にしてみるというシミュレーションで、専門的にはマルチエージェントシミュレーションという。

 普段、私はこうした技術を使って経営学の様々なアイデアに有効性があるのかについて検証している。

 さて、NetLogoが提供しているモデルファイルの条件を少し変えてみるとこんなことが分かる。緑は健康な人、赤は発病状態にある人、一定期間赤が続くと亡くなってしまうという条件である。最初は死亡率が25%ほどに設定してある。



 この条件下では小さな流行の波が何度も押し寄せながら、ある段階で免疫や抗体がいきわたり(灰色)、やがて収束に向かうという様子が見える。この条件下では、多くの人がなくなるということもないが、人の免疫がつくまではなかなか収束しない。第二派がきては収束し、かと思えば第三派がくるということになる。そのため、普通の結論だがワクチン(人工的に免疫を付けさせる)の開発が最も有効な打ち手ということになる。ワクチンができるか免疫がいきわたるまでは何度も流行の波が生まれるが、決して死亡者は多くないということになるだろう。

 次の条件は、おそろしいことだが、死亡率が上がった場合の条件である。現実世界でいえば罹患者を隔離してずさんに管理するという状況に近い。なんと、この状態では死亡者が一気に増えたあと、感染率が下がって感染者がいなくなる。ただし、この条件では社会の中でワクチンや抗体は広まらない。これはエボラ出血熱などに類似した状況であり、新型コロナ感染症ではこのような状況は今のところみられない。


 こうしたことから考えると、感染症において死亡率と感染率がいわゆるトレードオフになってしまっている可能性がある。中国はどちらかといえば感染率重視、日本はどちらかといえば人道的に死亡率(の裏返しで生存率)重視の対策をとっているといえるかもしれない。

 また、新型コロナ感染症はシミュレーション1のように第二派・第三派が襲来する形になる可能性が高い。ただし、その場合は感染者数ではなく死亡率・死亡者数をみる必要がある。この場合は、シミュレーションでみてきたように、おそらく死亡率は低くなるパターンだからだ。感染者数ばかりを見ていると不要なパニックになる危険性もあるのである。



網野薫菊
2020.08.01

 素人考えで恐縮ですが、「コロナを避ける」という目的と各自の行動の最適化などはマルチエージェントシステムで解決できる分野でしょうか。また「経済」と「コロナ自粛」といった違った目的をお互いの落とし前がつく部分で最適化する設計などはマルチエージェントシステムの守備範囲でしょうか?さらにこのコロナ下の生活において、マルチエージェントシステムのアプリケーションが有効なこと等はありますでしょうか・・・?ランダムな考えですみません。

岩尾俊兵
2020.08.01

コメントありがとうございます。
正直なところ、第二波第三波の予測精度などをみるとシミュレーションは結構良いモデルを組めていた気がします(2月に作っていますし)。
一方、おっしゃるような経済と自粛、経済と生命、文化と生命など複雑な価値判断を手助けしてくれる力は、マルチエージェントシステムにはないような気がします。
いわゆるパレート最適解くらいは分かるかもしれませんが、果たしてそれを個々人に強制できるかは疑問ですね。結局のところ、科学は価値判断には役に立たないなと思います。

No Name
2020.02.24

シミュレーションとはいえ、どちらも今はまだ収束しないという感じですね。

こういう自然の猛威と言いましょうか、自然界がもたらす脅威に対し人間ってまだまだちっぽけなんだと感じさせられます…。

岩尾俊兵
2020.02.24

なかがわさん
ありがとうございます。
医療系研究者にシミュレーションのプログラムをあげました。
少しはお役に立てたらなと思っております。

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