商学部と経営学部と経済学部の違い:経営学者による解説

 2024年追記:この記事は、学部でおこなわれる個々の研究者による「研究」の話ではなく、カリキュラム編成等の差から生まれる学部「教育」の傾向性(アドミッション、カリキュラム、ディプロマの3ポリシーの傾向の違い)についてのものです。元々は筆者が明治学院大学経済学部在籍時(2018年〜2021年)に、現在では多数派となった推薦入試で多数の大学から学部学科を選んでいる段階の受験生に向けて、文科省の認証評価制度対応の経験をもとにオープン・キャンパスや高校訪問等で学部説明していた際の資料をまとめたものです。
 対象読者は①受験生②保護者となっています。なお、受験生の想定は、ゼミ等で本格的な学問に触れる前の受験時における心情として「就職に備える場として、とりあえず大学には行きたいけど、大学での勉強に興味がもてるか不安だな」「ゼミでの研究みたいな難しい話より、4年間通してどんな事を学ぶか知りたいな」「せっかく大学にいくなら自分にあった学部がいいな」などの思いがある、世の中の9割以上を占める一般的な文系受験生(概ね年間50万人くらい存在する層)を想定しています。ゼミや大学院での研究活動は研究者個人によって多様ですし、研究者個人の研究活動は学部の特性に縛られませんので、個々の先生の著書・論文等・発信等を参考にする方が良いかと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー以下本文ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 世の中には商学部と経営学部と経済学部の学部教育内容の違いについて説明するサイトが多数存在している。しかし、そのほぼ全てが間違っている。特に、商学部と経営学部の違いの説明は実態にそぐわないものが多い。元々あまりこの分野に詳しくない人が書いたサイト(および、文科省からの追求を恐れてか、間違いをわざと書いている、とある単科大学)をもとに別の解説記事が次々に生み出されたためか、ほとんど同じ内容でしかも全て間違っているという異常な状態だ。しかも、こうしたサイトの中に、一見信頼が置けそうな受験予備校などの進学情報サイトも含まれているため、このままだと多くの受験生にとって害がある。

 そこで、3学部でおこなわれている教育の基本的な傾向性の違いについて、(経済学部と商学部の両方で働いた事があり、経営学部で働く同業者の友人が多いという立場をいかして)現役の経営学者が解説することにした。

 結論を先に述べると、商学部と経営学部は全く同じで要するにビジネス学部である。そして逆に商学部・経営学部と経済学部は根本の価値観・視点レベルから全く違う学部である。例えば、やや大雑把に言うと、当事者目線で経営を成功させるためのビジネス実務を学びたいなら商学部か経営学部に、俯瞰的に社会制度を考える官僚になる基礎知識を得たいなら経済学部に行く方が受験生の後悔は少ないだろう(もちろん、学生が自学することはできるので、商学部から官僚になる人も、経済学部から起業家になる人も沢山いる。また、院生は指導教員によるので例外である。あくまで研究者を目指さない学部受験生の場合の極端な一例である)。それくらい両者で中心的に学ぶことには差がある。以下に詳述する。

 上述した多くの「間違ったサイト」は、商学部と経営学部の違いを、前者が「市場を中心に理論を組み立てる」のに対して後者は「企業を中心に理論を組み立てる」と説明している。しかし、もし商学部と経営学部にそんな違いがあるなら、なぜ多くの経営学部が商学部からの単なる名称変更によって生まれているのだろうか? なぜ多くの大学には両者のうち片方の学部しか置かれていないのだろうか? これらに説明がつかない。

 それもそのはずで、端的に言えば両者の違いはまったくない。事実、商学部も経営学部も、所属している学者はほとんど似たようなものだし、置かれている科目も経営学、マーケティング(商業学、これを略して狭義の「商学」と呼ぶ大学もあるので紛らわしい)、会計学、ファイナンスをはじめとした応用経済学などで、全く同じである。経営学者で「僕は商学部に属したい」とか「いや私は経営学部派」みたいな会話は全くない。経営学者が就職する先として大学の学部を見たとき、両者は完全にイコールだ。要するに、商学部と経営学部は同じ「ビジネス学部」なのである。

 そして、このビジネス学部で学ぶことは、全体的にいえば、その名の通りビジネスを成功させるための知識だと思っていい。お金の計算をしたり、製品を作ったり、お客さんを探したりといった、具体的に経営の当事者として必要になる知識を学ぶ。もちろん、大学は自己啓発セミナーではないので、実際にはもう少し小難しい理論を学ぶのだが、商学部・経営学部の根本思想は、ビジネス成功(失敗の回避、成功の定義についての哲学的議論を含む)の知識を生みだし、教育することである。

 そして、ビジネスの成功のためには、自分たちの所属組織(企業だけではなく非営利組織や政府なども含む)の運営の方法、お客様・顧客を引き付ける方法、ビジネス活動を記録し株主や社会一般に報告する方法、資金の最適な調達・運用方針を計算する方法などの多岐にわたる知識が必要になる。

 だから、組織経営の成功理由・失敗理由を理論的に説明する「経営学」、顧客=市場の分析を通じて商品の成功(=売れた)理由・失敗理由を理論的に説明する「マーケティング」、ビジネス活動を数字で表現し財務諸表という紙に落とし込む方法とその社会的影響を研究する「会計学」、周辺知識として必要な「ファイナンス、労働研究、その他」といった比較的独立している学問分野を学ぶ必要があるのである。

 それでは同じビジネス学部の中に商学部と経営学部とがあるのはなぜか。それは、単に歴史の違いなのである。ざっくり言えば商学部や商科という言葉は戦前からあり、経営学部という言葉は戦後に作られた。だから、慶應義塾大学(こちらは商科と理財科の2つの名称のどちらにするか議論の後に理財科となり、経済学部商業学科や産業学科となり、1958年に経済学部から商学部を分離独立させた)一橋大学(商科→商学部)、早稲田大学(商科→商学部)など比較的古い大学には商学部が多く、比較的新しい大学に経営学部が多い。

 1918年公布の大学令(大正七年十二月六日勅令第三百八十八号)でも、「学部ハ法学、医学、工学、文学、理学、農学、経済学及商学ノ各部トス」とあり、経営学部はそもそも法律上も設置できなかった。実際に、経営学部の設立が見られるのは戦後1947年の学校教育法以後である。ビジネス学部の古い名称が商学部、比較的新しい名称が経営学部ということが分かって頂けるだろう。

 さらに、元は商学部だったものを名称変更して経営学部にしたという例も多い(たとえば青山学院大学や立教大学などは商学部に経済学科を取り込んで一度経済学部に変更し、さらに経済学部から分離する形で経営学部を設立している)。ここで重要な役割を果たしたのは神戸大学経営学部で、ここは元々神戸高等商業学校で商科教育を売りにしていたが、①戦後に経営学という言葉が生まれた時期、②神戸高等商業学校が大学となった時期、の2つの契機と同時に経営学部を設置して日本最初の経営学部となった。なお、経営学分野で最も歴史が長い(最も規模が大きいのは組織学会)日本経営学会も、当初は日本商学会と日本経営学会という2つの名称のどちらにするか議論があったという。

 実際に、経営学部は1950年以降、特に1980年以降に新設や名称変更によって誕生したものが多い(神戸、横浜国立、明治、立命館、東洋など)。これに対して商学部は、1900年頃設立されたものが中心で(慶應、一橋、早稲田、大阪市立、明治、中央、日本など)、1960年以降はほとんど新設がない。

 それでは、明治大学のように商学部と経営学部との2つがある大学はどうか。実は、『継承と飛翔:明治大学経営学部50年誌』『経営学部三十年誌史料』などにその「裏事情」が赤裸々に書いてある。要するに、ビジネス系学部は人気であり、志願者数が多いので2つに分けようという大学経営的な事情から生まれたのである。実際に、当初明治大学経営学部の名称は第二商学部とする予定だったという。高度経済成長期に商学部の規模が大きく、第二商学部を設立する動きがあったが、第二という響きの悪さから経営学部とすることを決定したというのである。

 現在では、商学部と経営学部を2つもつ大学も増えてきた。しかし、これは両者に明確な差があるのではなく、似たような人気の学部を2つ作ったという場合が多い。実際、マーケティングしか学ばない商学部もなければ、経営学しか学ばない経営学部もない。それなのに、社会一般に対して「どっちも同じです」と言ってしまったら、文部科学省に怒られると思うからか、受験生に選んでもらえないと思うからか、なぜか2つが違うかのような説明をするサイトがある(とある単科大学から広まってしまった……)。これでは受験生や社会一般にとって不幸である。経営学を学びたくても、マーケティングを学びたくても、そのどちらであっても商学部・経営学部なら可能である。

 もう一つ、ビジネススクールもまた商学部や経営学部に近い。というか大規模大学でもなければ、商学部や経営学部の教員が兼任している場合も多い。ただし、ビジネススクールは大学院なので、学習方法が演習やケーススタディ中心である、また夜間や土日にも講義がある、といった違いがある。いずれにしても開講科目は全く同じである。

 さて、商学部と経営学部が全く同じで違いは歴史だけだと述べたが、それでは経済学部はどうだろうか。まず、一言に経済学部といっても2つに分ける必要がある。それは経済学部経営学科(国際経営学科、商学科、現代ビジネス学科など含む)のようにビジネス学科を持つ経済学部と、それを持たない経済学部である。ビジネス学科はビジネス学部のミニ版なので、学科だけで見れば商学部や経営学部と全く変わらない。学科の方が学部よりも小さい(所属する教員が少ない)というだけだ。この点は後述するとして、まずは経済学部経済学科について述べる。これについては2通りの説明がありうる。

 一つ目は、現役経済学者からみたビジネス学部との違いの説明である(2024年7月追記。原案を経済学者の方から頂き、岩尾の文責で修正)ビジネス学部では、ビジネス実務に役立つという意味で、知識の活用対象を軸に学部教育の科目群が編成されているのに対して、経済学部経済学科では需要・供給曲線やデータ分析といった物事を分析するツール(=経済学)の習得という活用方法を軸にカリキュラムが構成されている傾向にある。つまり、実は「経済を学ぶ」ための学部ではない。そのため、よく言われる「経済学部経済学科を出れば減価償却やのれんの処理等の簿記の仕訳の切り方や財務諸表の貸方・借方の扱い方を教わったはず」というのは誤りである。経済学部で学ぶ内容のもう一つの特徴として、経済活動を俯瞰的に、理論立てて整理する傾向がある。例えば、利潤を出したい企業同士がどう行動するかや、利潤を生み出す意思決定を支えるデータ分析手法などを学ぶ。俯瞰的な分析の例として、行政や(中央)銀行などがイメージしやすいだろう。「日本経済論」「アメリカ経済論」「中国経済論」といった科目も存在するが、これらも「経済学というツールを使って、地域経済を分析する」という思想で進められることが多い。
 なお、この説明だけでは、多くの大学で現在も教えられているマルクス主義を含む経済思想史が抜け落ちてしまう。そこで二つ目の説明として、世の中にある経済学部経済学科の教育方針(アドミッション、カリキュラム、ディプロマの3ポリシー)の平均的な説明を受験生向けに噛み砕いたものを、実際に経済学部で文科省対応をした際の経験をもとに記載する。
 そもそも、経済学部経済学科で学ぶ内容(学問そのものではなく経済学科で学ぶ科目の総体を指す)は、商学部や経営学部などのビジネス学部で学ぶ内容(ビジネス学科で学ぶ科目の総体を指す)」とは、学部全体の傾向として価値観・ものの見方レベルから全く違ったり、ときには正反対にさえなる。たとえば、ビジネス学部では利益は基本的に善であって、犯罪行為や不正行為で得られたものでもなければ利益は基本的に称賛される。それに対して経済学科で学ぶ視点の中には「利潤を独占など何らかの市場のゆがみによって生まれた是正すべきもの(儲かれば儲かるほど良いこととは考えない。なお、利潤追求行為自体は良くも悪くもない当たり前のことだと考える。)」と捉えるものさえある。すべてがこうした価値観というわけではないが、この悪状況を避けようとする公共政策の視点を学ぶ科目も大抵の大学に複数置かれる点などは、経済学科の特色の一つだろう。
 こうした視点は新古典派経済学や経済思想史の哲学的議論などにも共通している。なお、経済学全体の中には、利益が生まれるメカニズムを明らかにするビジネス・エコノミクス系もある。ただし、これらもビジネスゲーム等で経営者の立場を擬似体験して経営の当事者として利益に一喜一憂したりはしないという意味で、利益に対してビジネス学部よりは中立的であることが多い。
 そのため、経済学部経済学科は平均的なカリキュラムとしてみると経済政策学部か政治経済学部(手法により着目する場合は経済科学・経済工学部)と表現した方が受験生により正確な姿を伝わる場合も多いのではないかと思われる。一度、この説明を聞いた上で、受験予定の大学のパンフレットを読んでみると、学部教育の違いが分かりやすいだろう。なお、(ビジネス学部ではあまり見られない)経済学部で学ぶ多くの科目でしばしば見られる視点は「行政」「(中央)銀行」「客観・鳥瞰」などなど高度数万メートルの上空的なものである。
 企業と産業の経済学といった応用分野もあるが、次に書いているような経営実践にはビジネス学部ほどは踏み込まない。たとえば、教育手法としてのケーススタディとビジネスゲーム、事業創造実践ワークショップなどを経済学科で扱う例はほぼ見聞きしないが、ビジネス学部では普通にこれらをおこなう。経済学科での教育にしばしば見られる客観的・鳥瞰的な視点とは高度数万メートルの上空から世界を眺めるようなイメージだが、一方のビジネス学部の教育は、上空から客観的に何かを分析したとしても高度1.5メートルの目線の高さに戻ってきて「具体的に目の前のビジネスの処理(簿記の仕訳、生産工程の改善提案、リーダーシップの発揮、製品開発などなど)をどうするか」に着地しがちである

 なお、経済学部経営学科という形をとるのは、東大京大など帝国大学系と学習院・明治学院・成蹊・成城・武蔵など旧制高校系(明治学院はヘボン塾→築地大学校→明治学院で、築地大学校の残り半分は東京大学教養学部に合流)が中心である。旧制高校とは現在の東大1~2年(駒場・一高)など教養をおさめて官吏を育成する場所であった。そのため、官僚になるための基礎知識として、経済政策学部としての経済学部にこだわった。

 これに対して、商科大学・私大予科系は、政財界などで活躍する人材を育成することを使命としており、商学部にこだわった。こうしたことから、経済学部と商学部が同時にある大学の経済学部では経営ノウハウ・経営思想などの実践的・当事者的なビジネス知識は、少なくとも中心的には学ばない(やる気があれば学べるので「学べない」ではない)と考えてよいだろう。

 世の中には「経済通」とか「あの人は経済をよく分かっている」という言葉があるが、多くの場合ここでいう「経済通」「経済をよく分かっている」は「ビジネス通」「ビジネスをよく分かっている」の意味であることも多く、簿記の仕訳から会社法にそった会社の機関設計から事業立案から製品開発まで別々の領域の学問を学んでビジネス通になりたい受験生は商学部か経営学部に進学すると満足する場合が多いといえるだろう。一方、「経済通」を「経済政策や経済のメカニズムをよく分かっている」の意味で捉える場合は経済学部経済学科に進学する方が満足する場合が多いといえるだろう。もし、時間があれば『日本経済新聞』を開いてみると、傾向としては「経済欄」が経済学部経済学科的で、「産業欄」が商学部・経営学部的だと考えるとイメージがつかみやすいだろう。

 私はかつて経済学部の教員だったので、よく「経済学部経済学科を卒業したなら減価償却の仕訳くらいできるだろ」と上司に叱られて困ったという話をきいたが、これは学部学科の中心的な教育内容への世間の誤解である。簿記や財務諸表の読み方、会社法、事業立案、チーム作りなどのビジネス実践を学びたいなら商学部や経営学部(および経済学部のビジネス系学科)、一方で経済政策や産業政策やデータ分析や数理最適化等を使った経済学のビジネス活用を学びたいなら経済学部の方が学部教育全体を通じた満足感は高いだろう。もちろん、独学でもこれらは学べるので、繰り返しになるが、あくまで中心的・基本的にはということである。そして、商学部、経営学部、ビジネス系学科の3つには規模や歴史以外で全く差がないことを知っておくべきである。
 最後に、繰り返しになるが、ここでの話は4年間を通じた学部教育全体の特徴の話である。文系学部にはゼミ(一部は研究室)があり、ゼミや研究室では個々の教員が研究に基づいた独創的な教育をそれぞれ提供している。大学教員(先生)は教育者である前に研究者として大学に所属しているので、ゼミで学ぶ研究活動はここでの説明や学部教育方針に縛られない。学部を超えて学問そのものに興味が出てきた受験生は、インターネット等で気になる大学の気になる先生のゼミ・研究室のサイトをのぞいてみるといいだろう。



ルルーシュ
2024.07.15

高校の政経の教員です。この質問は散々受けて、答えるのが辟易です。生徒はしょうがない。しかし、教師は例え政経の教員でなくとも、何年も進路指導してるなら、何故明治大学に経営学部と商学部があるんだろう?くらいの問題意識は持ってもらいたいものです。最悪なのは、一橋商学部志望の生徒に「何故、東大文Ⅱを受けない?」という不毛の指導?=ほぼ人権侵害をする学年主任です。このレベルになると生徒の方が優秀で、適当に流していますが、まあしつこいですよね。ただ、明治大学のこの点における罪は大きいと思います。

岩尾俊兵
2024.07.17

なるほどですね。
ちなみに東大経済にはミニ商学部である経営学科がありますので、ビジネスも学べます。ただ、ビジネス系学者の人数が慶應の1/5、一橋の1/3くらいな感じですね。

松下 耕三
2021.04.27

私も違いがよく分かっていなかったのですが、岩尾先生の解説でイメージが出来ました。ビジネスや政治に興味のある高校生には読んでほしい内容ですね!
それと高校の先生が知っていないといけない話しだと思いますね。

岩尾俊兵
2021.04.27

ありがとうございます!
組織学会と日本経営学会で組んで大学の枠を超えた進学説明会をおこないたいと考えております。
今の受験はミスマッチを引き起こしやすいなという問題意識がございます。

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