商学部と経営学部と経済学部の違い:経営学者による解説

 世の中には商学部と経営学部と経済学部の違いについて説明するサイトが多数存在している。しかし、そのほぼ全てが間違っている。元々あまりこの分野に詳しくない人が書いたサイト(および、文科省からの追求を恐れて間違いをわざと書いている某大学)をもとに別の解説記事が次々に生み出されたためか、ほとんど同じ内容でしかも全て間違っているという異常な状態だ。しかも、こうしたサイトの中に、一見信頼が置けそうな受験予備校などの進学情報サイトも含まれているため、このままだと多くの受験生にとって害がある。

 そこで、3学部の違いについて現役の経営学者が解説することにした。

 結論を先に述べると、商学部と経営学部は全く同じで要するにビジネス学部である。そして逆に商学部・経営学部と経済学部は根本の価値観レベルから全く違う学部である。ビジネスを学んで経営を成功させたいなら商学部か経営学部に、独占利益を基本的には悪と捉え社会制度を考える官僚になりたいなら経済学部に行くべきだ。以下に詳述する。

 上述した多くの「間違ったサイト」は、商学部と経営学部の違いを、前者が「市場を中心に理論を組み立てる」のに対して後者は「企業を中心に理論を組み立てる」と説明している。この時点で、こんな記事を書いた者は自らの学のなさを公表しているようなものだ。もし商学部と経営学部にそんな違いがあるなら、なぜ多くの経営学部が商学部からの単なる名称変更によって生まれているのだろうか?なぜ多くの大学には両者のうち片方の学部しか置かれていないのだろうか?

 こんなことを書いているサイトの作成者は、まともに図書館で調べたこともないのだと思われる。端的に言えば、両者の違いはまったくない。事実、商学部も経営学部も、所属している学者はほとんど似たようなものだし、置かれている科目も経営学、マーケティング(商業学、これを略して狭義の「商学」と呼ぶ大学もあるので紛らわしい)、会計学、ファイナンスをはじめとした応用経済学などで、全く同じである。経営学者で「僕は商学部に属したい」とか「いやあ私は経営学部派ですな」みたいな会話は全くない。経営学者が就職する先として大学の学部を見たとき、両者は完全にイコールだ。要するに、商学部と経営学部は同じ「ビジネス学部」なのである。

 そして、このビジネス学部で学ぶことは、その名の通りビジネスを成功させるための知識だと思っていい。もちろん、大学は自己啓発セミナーではないので、実際にはもう少し小難しい理論を学ぶのだが、商学部・経営学部の根本思想は、ビジネス成功(失敗の回避、成功の定義についての哲学的議論を含む)の知識を生みだし、教育することである。

 そして、ビジネスの成功のためには、自分たちの所属組織(企業だけではなく非営利組織や政府なども含む)の運営の方法、お客様・顧客を引き付ける方法、ビジネス活動を記録し株主や社会一般に報告する方法、資金の最適な調達・運用方針を計算する方法などの多岐にわたる知識が必要になる。

 だから、組織経営の成功理由・失敗理由を理論的に説明する「経営学」、顧客=市場の分析を通じて商品の成功(=売れた)理由・失敗理由を理論的に説明する「マーケティング」、ビジネス活動を数字で表現し財務諸表という紙に落とし込む方法とその社会的影響を研究する「会計学」、周辺知識として必要な「ファイナンス、労働研究、その他」といった比較的独立している学問分野を学ぶ必要があるのである。

 それでは同じビジネス学部の中に商学部と経営学部とがあるのはなぜか。それは、単に歴史の違いなのである。ざっくり言えば商学部や商科という言葉は戦前からあり、経営学部という言葉は戦後に作られた。だから、慶應義塾大学(こちらは商科と理財科の2つの名称のどちらにするか議論の後に理財科となり、経済学部となり、その後商学部を分離した)一橋大学(商科→商学部)、早稲田大学(商科→商学部)など比較的古い大学には商学部が多く、比較的新しい大学に経営学部が多い。

 さらに、元は商学部だったものを名称変更して経営学部にしたという例も多い(たとえば青山学院大学や立教大学などは商学部を一度経済学部に名称変更し、さらに経済学部を分離して経営学部を設立している)。ここで重要な役割を果たしたのは神戸大学経営学部で、ここは元々神戸高等商業学校で商科教育を売りにしていたが、①戦後に経営学という言葉が生まれた時期、②神戸高等商業学校が大学となった時期、の2つの契機と同時に経営学部を設置して日本最初の経営学部となった。なお、経営学分野で最も歴史が長い(最も規模が大きいのは組織学会)日本経営学会も、当初は日本商学会と日本経営学会という2つの名称のどちらにするか議論があったという。

 実際に、経営学部は1950年以降、特に1980年以降に新設や名称変更によって誕生したものが多い(神戸、横浜国立、明治、立命館、東洋など)。これに対して商学部は、1900年頃設立されたものが中心で(慶應、一橋、早稲田、大阪市立、明治、中央、日本など)、1960年以降はほとんど新設がない。

 それでは、明治大学のように商学部と経営学部との2つがある大学はどうか。実は、『継承と飛翔:明治大学経営学部50年誌』『経営学部三十年誌史料』などにその「裏事情」が赤裸々に書いてある。要するに、ビジネス系学部は人気であり、志願者数が多いので2つに分けようという大学経営的な事情から生まれたのである。実際に、当初明治大学経営学部の名称は第二商学部とする予定だったという。高度経済成長期に商学部の規模が大きく、第二商学部を設立する動きがあったが、第二という響きの悪さから経営学部とすることを決定したというのである。

 現在では、商学部と経営学部を2つもつ大学も増えてきた。しかし、これは両者に明確な差があるのではなく、似たような人気の学部を2つ作ったという場合が多い。実際、マーケティングしか学ばない商学部もなければ、経営学しか学ばない経営学部もない。それなのに、社会一般に対して「どっちも同じです」と言ってしまったら、文部科学省に怒られると思うからか、受験生に選んでもらえないと思うからか、なぜか2つが違うかのような説明をするサイトがある。これでは受験生や社会一般にとって不幸である。経営学を学びたくても、マーケティングを学びたくても、そのどちらであっても商学部・経営学部なら可能である。

 もう一つ、ビジネススクールもまた商学部や経営学部に近い。というか大規模大学でもなければ、商学部や経営学部の教員が兼任している場合も多い。ただし、ビジネススクールは大学院なので、学習方法が演習やケーススタディ中心である、また夜間や土日にも講義ある、といった違いがある。いずれにしても開講科目は全く同じである。

 さて、商学部と経営学部が全く同じで違いは歴史だけだと述べたが、それでは経済学部はどうだろうか。まず、一言に経済学部といっても2つに分ける必要がある。それは経済学部経営学科(国際経営学科、商学科、現代ビジネス学科など含む)のようにビジネス学科を持つ経済学部と、それを持たない経済学部である。ビジネス学科はビジネス学部のミニ版なので、学科だけで見れば商学部や経営学部と全く変わらない。学科の方が学部よりも小さい(所属する教員が少ない)というだけだ。この点は後述するとして、まずは経済学部経済学科について述べる。

 そもそも、経済学部経済学科で学ぶ「経済学」は商学部や経営学部で学ぶビジネス学とは全く違った価値観を持っている。一言でいえば、「利潤は独占など何らかの市場のゆがみによって生まれた悪(多少の利益は許容しても、儲かれば儲かるほど良いこととは考えない。なお、利潤追求行為自体は良くも悪くもない当たり前のことだと考える。)」と考えるのが経済学で、この悪を避けて公平・公正な社会の姿を目指すのが基本的な姿勢である。それに対してビジネス学にとって利益は善であって、犯罪行為や不正行為で得られたものでもなければ利益は称賛される。そのため、経済学部は経済政策学部と表現するか、政治経済学部と表現した方が正確な姿を伝えられると思う。経済学の基本的な視点は「行政」「銀行」「神」であり、企業と産業の経済学といった応用分野でも経営学ほど経営の中身には踏み込まない。

 それでは、経済学部経営学科や国際経営学科はどうだろうか?

 実は、経済学部経営学科という形をとるのは、東大京大など帝国大学系と学習院・明治学院・成蹊・成城・武蔵など旧制高校系(明治学院はヘボン塾→築地大学校→明治学院で、築地大学校の残り半分は東京大学教養学部に合流)が中心である。旧制高校とは現在の東大1~2年(駒場・一高)など教養をおさめて官吏を育成する場所であった。そのため、官僚になるための基礎知識として、経済政策学部としての経済学部にこだわった。

 これに対して、商科大学・私大予科系は、政財界などで活躍する人材を育成することを使命としており、商学部にこだわった。こうしたことから、経済学部と商学部が同時にある大学の経済学部ではビジネス系の学問は、少なくとも中心的には学べない(慶應、一橋など)と考えてよい。

 世の中には「経済通」とか「あの人は経済をよく分かっている」という言葉があるが、多くの場合ここでいう「経済通」「経済をよく分かっている」は「ビジネス通」「ビジネスをよく分かっている」の意味であり、ビジネス通になるには商学部か経営学部に進学するのが一番である。

 よく「経済学部を卒業したなら財務諸表くらい読めるだろ」と叱られたという話をきくが(私はかつて経済学部の教員だったので)、経済学部経済学科で財務諸表の読み方なんて一切勉強しない。ビジネスを学ぶなら商学部や経営学部(および経済学部のビジネス系学科)、経済政策を学ぶなら経済学部である。そして、商学部、経営学部、ビジネス系学科の3つには規模や歴史以外で全く差がないことを知っておくべきである。



松下 耕三
2021.04.27

私も違いがよく分かっていなかったのですが、岩尾先生の解説でイメージが出来ました。ビジネスや政治に興味のある高校生には読んでほしい内容ですね!
それと高校の先生が知っていないといけない話しだと思いますね。

岩尾俊兵
2021.04.27

ありがとうございます!
組織学会と日本経営学会で組んで大学の枠を超えた進学説明会をおこないたいと考えております。
今の受験はミスマッチを引き起こしやすいなという問題意識がございます。

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