本当に「お人好し」は「政治家タイプ」には勝てないのか?:思考実験と簡易シミュレーション

「あの人は悪いことをして出世をしたに違いない」

 ときおりそんな言葉を耳にする。あるいは自分でもそう口走ったことがあるかもしれない。……そしてそれは9割がた真実である。さまざまな調査によって、「平均的には」お人好しは政治家タイプに踏みにじられると判明しているのだ。

 だが、残りの1割に目を向けると、実は最後に笑うのは実はお人好しの方かもしれない。ただし、お人好しが政治家タイプから身を守るには「善意のポートフォリオ」という考え方が不可欠だ(※なお善意のポートフォリオという考え方は明治学院大学経済学部准教授・中村先生からヒントをいただいた)。それがこの論考のエッセンスである。

 私たちは、組織のトップに高潔を求めるし、きっと高潔であるからこそトップに就いたのだという「善人仮説」を信じたがる。リーダーシップ研修でも高潔さ公正さといった資質が組織のトップに必要だと教え込まれる。しかし、経営学者ジェフリー・フェッファー『権力を握る人の法則』(日本経済新聞出版社)によると、この善人仮説は事実ではなく願望にすぎない。フェッファーが調査してみたところ、常に自己利益を求め、他者の手柄を横取りにし、自信たっぷりで高度な駆け引きをおこなう人ばかりが出世していたのだ。

 そして、周囲に無償で善意を与えて回るお人好し(Giver、ギバー)は、平均的にみれば社会的にも経済的にも成功しない。いつだってお人好しは政治家タイプ(Taker、テイカー)に食い物にされる。読者もまた、身の回りにいる出世した政治家タイプとうだつの上がらないお人好しの顔を思い浮かべたことだろう。自分自身にこれらのタイプを重ねて、政治家タイプの読者は「これでよかったのだ」と安心し、反対にお人好しな読者は「自分も政治家タイプにならないといけないのか」と悩むかもしれない。

 だが、近年の研究はむしろお人好しこそが社会で成功しているという事実を明らかにしている。たしかに平均的にみると政治家タイプはお人好しを利用して出世している。だが本当のトップ層にはお人好しタイプが多いのだ。つまり、お人好しタイプの大多数は「利用されるだけ」で終わるが、同時に少数のトップ層を生みだしてもいるのである。トップ層自体の人数が少ないため「平均では」政治家タイプに負けているように見えていたのだ(図1)。

図 1 アダム・グラント『Give & Take』(三笠書房)の論理の要約図(筆者作成)

  これを明らかにしたのが、社会心理学的なアプローチから経営学を研究しているアダム・グラントだ。グラントは、人間のタイプをギバー(お人好し)、テイカー(政治家タイプ)、そして貸し借りを短期間で一致させたいマッチャ―(常識人)に分類している。その上で、政治家タイプの人間は、他人から奪うばかりであるため、貸し借りを一致させたい常識人たちからのしっぺ返しに合うと指摘している。

 しかも、現代のように、インターネットの発達によって評判が一瞬で広がり、しかも仕事の多くが他者との協力・チームワークを必須とする時代において、このしっぺ返しはこれまで以上の威力を発揮する。このように、政治家タイプが現代では出世しにくい理由はある程度判明している。

 それではお人好しが成功者とそうでないものに二分されてしまう理由はなにか。グラントはそれを自己志向と他者志向の両立に求めているが、あまり釈然としない。そこで筆者は、アダム・グラントの研究にファイナンス的な視点を加えた「善意のポートフォリオ」という考え方を提案したい。

 善意のポートフォリオとは、お人好しの人たちが周囲にふりまく善意を「ポートフォリオとして考える」という発想である。グラントの調査が明らかにしているように、お人好しの人たちが失敗してしまうのは、自分の善意を他者に利用され続けて燃え尽きてしまうからだ。恩知らずに遭遇するたびに私たちの気力はどんどん奪われていく。

 ここで、Excelによる簡単なシミュレーションをおこなう。お人好しが他者に与える善意も、他者がお人好しお返しするリターンも、どちらも平均1分散1の正規分布に従う乱数(いわば連続的なサイコロの目)としてみる。仮に、善意1に対して1.1のリターンが平均的には得られるとする(乱数を1.1倍する)。リターンに先立つ善意を引いた数値は、いわば「恩返し」だ。この恩返しの値を累積すると、どうなるだろう?

 図2の縦軸は恩返しの累計、横軸は善意を与えた人の数である。実はこの恩返しの累積値は上下に大きくぶれることがわかる。そして累積がマイナスになることも多い。図2のように100人に善意を振りまいた場合には、44人がマイナス、つまり恩を仇で返していた(シミュレーションのたびに数字は変化する)。

図 2 善意に対するリターンのシミュレーション結果

  ただし、個々では恩を仇で返す恩知らずが多数見られても、全体でみれば善意のリターンがある。しかも、この傾向は、善意を振りまく対象が増えれば増えるほど高まる。善意を与える対象が増えれば増えるほど、累積の恩返しがマイナスになる確率は低くなるのだ。

 善意はポートフォリオ的に「個々の恩知らずに怒らず、全体からのリターンで考える」とよい。これによって、政治家タイプに利用されても気力を奪われず、気分の切り替えができるようになるかもしれない。投資と同じく「損切する」必要もあるかもしれない。最初は公平に接していても、自分を利用してばかりの人には、以後は善意を与えないとよい。これにより善意からのリターンが累積でマイナスになる確率はさらに低くなるだろう。

 お人好しは最後には政治家タイプに勝てる。そのために善意のポートフォリオという考え方は強力な武器になるだろう。

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