ニューウェーブマネジメントに経営学は役立つのか?:シェアリングエコノミー再考

 シェアリングエコノミーという言葉が流行してはや5年ほどが経つ。当初は概念的な議論ばかりが先走っていて、日本において本格的なシェアリングエコノミー企業が登場するのは(2015年の時点では)まだまだこれからだという論調が多かった。シェアリングエコノミー的なサービスが日本でも根付いたのは、それこそ新型コロナの自粛にともなってUber Eatsの利用が急拡大してからではないだろうか。

 しかし、だんだんとシェアリングエコノミー・サービスを提供する企業(Sharing Economy Service Companies, またはSESなどと短縮されることもある)が増えてくるにつれて、そうした企業群を対象とした経営学研究も隆盛してきた。実際に、Management  SciensceJournal of Operations Management 、Manufacturing and Service Operations ManagementProduction and Operations Managementといった雑誌に2020年前後になってからシェアリングエコノミーに関する論文がポツポツ登場し始めている。日本でも『組織科学』がシェアリングエコノミーを含んだ「ニューウェーブマネジメント」の公募特集号の企画を組んでいる最中だ。

 そんな中にあって、私と、超優秀なY君(東京大学)との2人でThe 8th Global Supply Chain Management Conference(第8回国際生産管理カンファレンス)にて発表をおこなった。論文化にあたって秘密にしなければならない部分を避けつつ、そこで考えたことをPandoに記録しておきたいと思う。

 現在、私たちは、日本のシェアリングエコノミー企業の収益と費用のそれぞれに対しどのような競争要因が影響するのかについて、調査を進めている。得られたデータによって研究の方向性は変化するので、現時点では何とも言えないが、議論の出発点は「経験曲線効果」である。

 経験曲線効果というのは、企業の累積生産量(累積サービス提供量でもいい)が増加するに従って、単位当たり総コストが減少していく効果を指す。規模の経済とも似ている概念だが、企業の規模ではなく累積生産量に注目している点が異なっている。そして、この経験曲線効果はビジネスの実務と研究において「常識」だとされてきた。
 言い換えれば、お客さんが増えれば増えるほどコストが下がっていって利益が増えるという考えが、実務界でも学界でも支配的だったのである。でもこれって本当にシェアリングエコノミーのような新時代の経営においても当てはまるのだろうか

 ちょっと考えてみるだけでも、シェアリングエコノミーサービスの利用者が増えると、不正利用への対策やクレーム対応にコストがかかる。あるいは、利用者が増えるに従って、プラットフォーム上で取引される製品の品質が不安定になるという指摘もある。デジタルネイティブでない高齢者などの顧客のためにより使いやすいシステムに変更するために追加の開発費が必要になるかもしれない。さらに、シェアリングエコノミーサービスの利用者が増えた結果として政府からの規制の対象となってしまうと、ロビイングなどにコストがかかるかもしれない
 結局のところ、「シェアリングエコノミーサービスの利用者が増えると、コストは下がるのか、それとも増えるのか?」という疑問は、それほど自明には答えられない。専門的に言い換えれば、「シェアリングエコノミー企業においても、右肩下がりの直線の経験曲線効果は生まれるのか? それとも屈折するのか?」ということになる。

 こうした疑問に対して、私たちは日本のシェアリングエコノミー企業の全数調査を目指しながら、答えようとしている。これに加えて、近年注目を集めている「企業の知識創造の程度」・「両利き経営度」・「サステイナビリティ(SDGs)への貢献度」などのそれぞれが、日本のシェアリングエコノミー企業の売上に対してどう影響しているかについても分析するつもりだ。さらに、ここで説明した影響が、シェアリングエコノミーのプラットフォームの形態ごとにどう異なるかについても考察する予定である。

 果たして、古くからある経営理論は新時代のニューウェーブマネジメントにも通用するのか、通用しないとしても私たちが代替的な知見を提示できるのか、ひとまず発表は終わったが本当の山はこれからだ。

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