前回の記事「【Datact Japan】学生主体のマーケティングコンサルティングを通じて日本に変革を」では、シアトルで立ち上げた学生団体を法人化し、一般社団法人 Datact Japanとして奮闘する創業者のお二人に、活動への思いやビジョンを語っていただきました。
慶應義塾大学と東京大学という日本屈指の大学に通い、今年4月からは日本マイクロソフトとリクルートという誰もが憧れる大企業への就職を果たす彼ら。どうすれば彼らのような大学生になれるのだろう……。
今の彼らを構成する原体験には、日本全国すべての学生に知ってもらいたいと心の底から思えるほどの価値がありました。
Datactの原点。シアトル留学のきっかけと成長できる環境
――樋口さんはなぜ留学しようと思ったのですか?
樋口 もともと、人が病気になる仕組みや免疫システムに興味があったので環境情報学部に進学したんです。ただ、研究色が強いラボでずっと研究しているうちに「宝があるかわからないところを掘っている感覚」に陥るようになって。
新薬開発等は10~20年単位の年月がかかることからもわかる通り、自分の研究がすぐに成果に繋がるわけではありません。そこで、一度研究を休憩して、他のことをやってみようと留学を決めました。
――Datactのデータマーケティングコンサルティングと生命科学、全く異なる分野ですよね。なにか通じるものがあったのでしょうか?
樋口 Datactの活動と生命科学は一見すると全く関わり合いのない分野に思えますが「データを基点にさまざまなものを証明していく」という点で共通している部分があります。
生命科学の場合、仮設に対してデータを根拠に証明していくというステップが基本。ビジネスでも同じアプローチができるのではと思い、実際にやってみると自分の中で上手くはまったんです。ですから、今でも自分の中で“おもしろい”と思っている軸は変わっていないと思いますね。
日本の場合、サイエンスとビジネスは「実践」と「理論」で完全に分かれてしまっているため、大学で科学を学んだ人は研究者になる人が多い。しかしアメリカの場合、ふたつの距離が近いので、研究していることをどんどんスタートアップ化して事業化するパターンや、ph.D.※1を取得した後にBA※2 も取得して、両方できるといったパターンもあるんですよ。
テクノロジーがビジネス化するサイクルも早く、そこにおもしろみを感じたと同時に、日本はもったいないとも思いました。日本でもアメリカのように、サイエンスとビジネスを繋げたいという思いが根幹にあったからこそ、Datactの設立に繋がっていると思っています。
※1 p.h.D.(Doctor of Philosophy):アメリカでの専攻領域における学識と研究能力を有することを証明する最高の学位
※2 BA(Bachelor of Arts):文学士号
――湯川さんはなぜ留学しようと思ったのですか?
湯川 留学した目的は2つあって。
ひとつは単純に英語力を高めたいという思いがありました。これから働いていくうえで、英語は絶対に必要ですし、僕のバックグラウンドである経済学においても必要な文献は英語で書かれたものが多いので、もったいないと思ったんです。留学は働き始めてからでもいいと思っていたのですが、それだと難しくなりそうだということがわかって、1年休学してでも大学生のうちに行こうと決意しました。
もうひとつは、大学2年生のときにめちゃくちゃ悔しい体験をしまして。ユニリーバ社が開催している「ユニリーバ・フューチャー・リーダーズ・リーグ」というグローバルビジネスコンペティションに出場し、日本代表として世界大会に行ったんです。そのときにバリッバリに負けてしまってですね……。
同じ年代の学生がロジカルに、しっかりとした施策を英語で発信できる。しかも英語圏ではない国からも多くのチームが来ていて。その人たちがこれだけできているのに「自分はこんなにできないものか」と、まざまざと実感させられたのも大きなきっかけでしたね。
――なぜそのようなコンペに出場しようと思ったのですか?
湯川 僕がこの大会に参加したときは第3回目の開催だったのですが、1回目と2回目で優勝したのが、大学1年生の頃から所属していた学生団体「Bizjapan」の先輩だったんです。だから大会のことも知っていましたし、わりと身近に感じていて。自然な流れで出た感じです。
――Bizjapanではどのような活動をしていたのですか?
Bizjapanは「グローバル×アントレプレナーシップ」にまつわるイベントやカンファレンスの運営団体で、僕が在籍していたときは世界各国の優秀な学生を40名ほど集めて、日本の伸びしろを体感してもらう約1週間のプログラムを組む企画を行いました。
僕が携わったものに、東北の被災地に対する海外学生の誤解を解消することを目的としたものがあって。被災地の実状を伝えたいという思いのもと、被災地で頑張っていらっしゃる方と一緒に、現状の問題をどう解決していけるか、施策提案を考えるプログラムを実施しました。
――ワシントン大学ではどのようなことを学びましたか?
湯川 僕たちは「Global Bussiness Certificate」というグローバルビジネス修了書コースを受講しました。プチMBAのようなものをイメージしてもらえればいいと思います。
「ユアブランドを作ろう」という、自分を見つめ直す授業が多くあって。自分自身のやりたいことは何かを見つめ直して、自分自身をどのような人に見せていきたいかを考える、キャリア教育のようなものが学校の教育に組み込まれていました。
日本の場合だと、自身のキャリアについては就活を前にして初めて考えるようになりますよね。しかし、そのときに考え始めても遅いと思うんです。キャリアの幅は、できるだけ高いレベルで広い視野を持った人や自身と全く違う地域や領域で仕事をしている人の話を聞かなければ、なかなか広がらない。
Datactの活動を始めるきっかけでもあるマイクロソフトの石坂さんのような人から、これまでの経験をひたすら聞いたことで「こんな道もあるんだ!」と格段に選択肢が広がったと感じています。
樋口 日本では僕ら学生と、ロールモデルとなる社会人との距離が遠いというのが問題だと思っていて。就職活動のときにようやくOB・OG訪問をして社会人と知り合える。しかしその人たちは同じ大学出身なので、同質な人とのコミュニティしか築けないんです。
シアトルでDatactの活動をしていたとき、全く違うバックグラウンドの人やめちゃくちゃすごい経歴の人からアドバイスやメンタリングをしてもらえて、学生への刺激にもなりました。普通じゃ話せないような人と一緒にプロジェクトができると、その距離が近いだけで学生自身のパーソナルグラウンドの形成にも関わってくる。キャリア教育の必要性と、この距離を縮める活動ができればと考えるようになりました。
大学生活はとにかくアクティブ!多くの経験を積んだ4年間
――お二人はどのような大学生活を過ごしてきたのですか?
樋口 僕は大学1~2年のときと3~4年のときで1日の過ごし方がガラッと変わった気がしていて。1~2年の頃は生命科学の研究をしていたので、基本的には1日中ラボにこもるか、授業やテストを受けるかという日々。学校に行くので精一杯という感じでしたね。
大学3~4年はDatactの活動を始め、やることが多岐に渡るようになり、分単位のタイトなスケジュールになりました。現在は午前中にDatactの活動をして、午後は研究を行っています。1~2年のときもすごく忙しかったですが、していることは研究1本だったので、マルチプレイになった今は違う忙しさがありますね。
湯川 僕の場合、大学1年生のときはBizjapanのカンファレンス運営に打ち込みながら、いろいろなイベントに顔を出して、ひたすら興味関心を広げていましたね。2年生になるとBizjapanの副代表をしながらLab-Cafeの運営のお手伝いを始めました。
Lab-Cafeでは、フランスのグランゼコール※3の学生に対して、日本文化体験の一環として将棋を体験してもらうインターン企画の運営サポートを行ったり……。フランス人はチェスの素養があるので、将棋もめちゃくちゃ上手いんです。チェスと比べると将棋のほうが指し手の幅が広く、盤外の駒を使うという視点に新鮮さがある。講師は、外国人初の女流棋士 カロリーナ・ステチェンスカさんに務めていただきました。
フランス人学生が日本文化に触れながら日本人学生と交流することができますし、「英語だとこうやって説明するんだ!」と、英語の勉強にもなります。ぜひ今後も続いて欲しいイベントでしたね。
※3 グランゼコール:フランス独自の専門職業教育機関。エリートを数多く養成することで知られる。
――想像以上に知的でアクティブな学生生活ですね!大学生といえば毎日飲み会かと……(笑)。
樋口 僕らはアウトローというか(笑)。でも、飲むときは飲みますし何でも飲みます!
僕はシアトルで出会った友達にウイスキー好きがいたことがきっかけで、ウイスキーにハマりましたね。
湯川 僕は日本酒。これもシアトルでハマったんですよ。
日本酒は最近シアトルでも流行っていて、「SAKE」として親しまれているんです。日本で「フランス文化がかっこいい」という感じで、シアトルだと日本文化がハイカルチャーとして認識されているので、日本酒のワークショップが各所で開催されていて。そこに参加して、英語でお酒の作り方を学んだり試飲しているうちに日本酒の上手さに気づいてしまいました。
帰国してからのほうが日本酒を好んで飲むようになりましたね。
――噂によると樋口さんは納豆とヨーグルト、湯川さんはコーヒーがなければ生きていけないとお聞きしましたが……。
樋口 そうなんですよ……! ちょっと1分だけ語っていいですか?(笑)
ヨーグルトを食べると、ビフィズス菌や乳酸菌といった善玉菌が腸内環境に定着するんです。定着の割合が高くなれば健康になるといわれているのですが、その割合を高めてくれるのが納豆菌の枯草菌なんですよ。
ヨーグルトで善玉菌を定着させて、枯草菌でバッと増やす……。これが健康の秘訣です。僕はもちろん、毎日ヨーグルトと納豆を食べています!!
[この日一番の笑顔を見せる樋口さんと優しく微笑む湯川さん]
湯川 僕は完全にコーヒー依存症みたいになっていますね。コーヒーを飲んで、カフェインを摂取した状態がフラットになってしまっているので、飲まないと集中力が下がるという……。1日4~5杯は飲んでいますね。
樋口 シアトルは彼にとって天国みたいな場所だったと思いますよ。
湯川 シアトルはスターバックス発祥の地で、サードウェーブのコーヒー店がいっぱいあるんです。よく日本でも見かける、スターバックスでコーヒーを飲みながら勉強するカルチャーは、おそらくシアトル発祥なんじゃないかと思いますね。
シアトルで感じた日本とアメリカとの違い
――もしやコーヒーの天国だからワシントン大学を選んだわけでは……!?
[コーヒーかと思いきや、この日のお供はお茶]
湯川 ではないです(笑)。
ワシントン大学を選んだのは、シアトルがテクノロジーの街としておもしろいというのがあったから。シアトルにはマイクロソフトやアマゾンの本社もあって、世界中の一流エンジニアが集まってきているんです。
そのような大企業に買収してもらうことを目的としたスピンオフベンチャーもたくさんあって、とにかく起業家が多いんですよ。大学や地方自治体のような機関のアクセラレータープログラム※4もすごく整っていますし。
※4 アクセラレータープログラム:大企業がベンチャー企業やスタートアップ企業に対して出資・支援を行うプログラムのこと
樋口 しかも、シリコンバレーの地価高騰の影響で、そこに住めなくなった優秀なエンジニアがシアトルに流れてきていて。エンジニアの質がどんどん高くなっていますね。
湯川 シアトルって周りが自然に囲まれているんですよ。山が近くてすごく自然豊かな場所で、そこにぽつんとテクノロジーの突出街がある。バランスが良いので住みやすいんですよね。ダイバーシティの街なので、アジア系の人も多くて。学生にはぜひシアトルへの留学をおすすめしたいです。
――シアトルと日本とでは社会人や学生にも違いがあるのでしょうか?
湯川 シアトルで働く人の多くは、仕事と生活が溶け合っているんです。“まず生活”ではなくて「自分が何に関心があるのか」「どういうことをやりたいのか」と考えた中で、「じゃあ仕事はこういうのをやろう」とか「自分のサブプロジェクトはこれをやろう」というような視点で考えている人が大勢いる。
だから、仕事外のイベントで会った人でも「どういう活動をしているの?」と声をかけてくれますし、Datactの活動を話せば、「おもしろいね」「何か一緒にやりたいね」「こういう人紹介してあげるよ」といった流れでビジネスに発展することもありました。日本は仕事と生活がパキッと割れてしまっていると感じるので、もっと溶け合えばいいですよね。
また、シアトルの学生は戦略的に大学の時間を過ごしていて。
アメリカの就活においては、学校で何をしていたかがかなり重要ですし、それにプラスしてどのような課外活動をしてきたかが重視されます。そこで「自身はこれからどんなことがやっていきたくて、そのためにはどんな活動が必要で、それを元にどうやってアピールしたいか 」を考えて活動している学生が多いんです。あまりやりすぎると、手段が目的化して本末転倒ですけどね。
そういった面で、日本の学生とは意識が違う気がします。僕としてはマインドセット的に好きじゃない部分もあるんですけど、いかに上手く自分を伝えられるか、見せられるかにすごく長けていますね。
三上 僕は将来、海外の大学に進学する予定ですが、申し込み段階で英語力や学校の成績を求められるのは当たり前。それ以上に重要視されるのが“エッセイ”なんです。
つまり、海外では自分の人生体験談が大きな評価軸としてあるので、自分の人生設計をしっかり見直して、行動して、表現する大切さを常日頃感じています。
ですから、高校生の今から時間を有効に使いたいと思っていて。日本の高校から海外の大学に進学する際の制度として、高校卒業後の約1年間、海外の大学生活に慣れるための「ファンデーションコース」という準備期間があるんです。でも自分にとってこの1年間は、高校生活で頑張っていれば補えることだと思っているので、今のうちから戦略的に時間を使うことが大事だと思っています。
樋口 湯川 いやぁ……。彼はモンスターですよ(笑)。
Datactの活動をもっと若い世代へ――次世代の学生へ込めた思い
――三上さんのように高校生から活躍する人材がいるのはすごいことですね。
湯川 Datactが大切にしている価値観に「次世代のロールモデルになる」というものがありますが、そのためには大学に入ってからだと遅いと感じています。
本当は三上くんのように、高校生のうちから体験させたいんですよ。自分の性格やマインドセットは、自分の周りにいる人に規定されると思うんです。
周りにおもしろいことをしていたり、頑張っている学生がいない大学に身を置いてしまった時点で、そこから抜け出すのは難しい。大学進学は自分の方向性を決めるうえで非常に大きな意思決定にも関わらず、なあなあにしてしまっている高校生が多いんです。
だからこそ、今後は高校生たちに三上くんのようにおもしろい考え方をしている高校生がいるということを伝えていきたいと思っていて。改めて自分の将来を考えるきっかけにしてもらいたいですね。
三上 自分はDatactでいろいろな経験を経て、今の性格が形成されたところがあるんですけど、もともと自分も何も知らない状態で人生設計していて。
中学受験のときは水泳を、高校受験のときは英語を興味本位で追い求めて、学校選びをしていました。そんな中、Datactで経験を積み重ねていくうえで、少ない手札で人生の選択をするのはもったいないなと気づき、環境選びは慎重に考えるようにしてきました。最近では、 周りにいる熱中できることがない学生に対して、自分が得たノウハウをどんどん流すよう意識しています。
しかし、自分だけで活動を伝えていくのは限界があるので、もっと大きな媒体を使って拡散できたらと思いますね。
――Datactの学生メンバーたちの今後が楽しみです!
樋口 Datactには、せっかく違う年代の学生が集まっていて、自分に近いロールモデルがたくさんいます。その縦のコミュニティを大切に、良い刺激を与えながらユニークにやっていきたいですね。
今後海外に羽ばたく学生メンバーも多いと思いますが、僕らの個人的な考えとしては、どこかのタイミングで日本に還元してくれるような人材に育ってくれたらと願っています。Datactで育った学生が海外で活躍するのは非常に良いことなので、海外で身につけたスキルをまた日本に還元してもらえれば嬉しいです。
湯川 今の時代、ソーシャルメディア等を使えば直接会いに行けますし、どんな活動が行われているのかもwebメディアを通して知りやすくなりました。
やりたいことがなんとなくでも見つかったときに、そのフィールドで頑張っている方に直接アクセスできる環境なので、相談もしやすい。つまり「何をやりたいか」や「どう動けばいいか」を考えられて、動く意思がある学生であれば実現しやすい時代です。
学ぶためのツールや材料も、今は無料でたくさん落ちているので、ノウハウや知識自体にはあまり価値がないかもしれない。しかし、やりたいことを突き詰めて考えることや学ぶ方法がわかってさえいれば障壁は少ないと思うので、学生たちにはどんどんチャレンジしてもらいたいです。
Datactじゃなくてもいいので、三上くんのような学生が増えてくれたらいいなと。データ分析やデジタルマーケティングに興味があれば、Datactを使ってもらえればいいんじゃないかという感じです。
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