起業するのに友達は必要なのか?

 大学に勤めていると「起業したいのですが何をすればいいでしょう?」という質問を受けることがある。そこから続く言葉は決まって「とりあえず知り合いを増やそうと思っているんですけど…」だ。どのような組織が企業や新製品開発や社会イノベーションに有効かについては、経営学をしっかりと学べば統計や事例がたくさん出てくるのでそちらに任せるとして、実体験と若干の研究をもとにしたいくつかの仮説について書く。

 私はこれまで何度か起業やそれに近いことをおこなったことがあり、大成功と大失敗とをそれぞれ経験した。そしてどうも毎回の失敗と成功が少なくともチームワークという意味では同一の教訓につながる気がしている。結論を先取りすると、「起業するのに友達はいらない」ということだ。そういうとほとんどの人は怪訝な顔をするだろう。だが、そのあとにこう続いたらどうだろう。「起業に友達はいらない、だがチームが必要だ」。

 ひとつめは大学院生時代におこなったクラウド型電子カルテで、これは電子カルテをアマゾンのサーバに置いてインターネットがつながればどこでも使用できるようにしたものだ。2013年当時、クラウドという言葉もそろそろ流行りだしたかなという頃で、そんな中で世の中の100%が組み込みソフトないしせいぜいイントラネット(病院ごとの専用回線)の電子カルテをクラウド化して、圧倒的に安価な金額で、しかも在宅・遠隔医療を容易にするためのシステムを作ったということでわりと先端的なことをやっていたように思う。

 その証拠として、ほんの数ヶ月で大企業から数億円規模の投資話がたくさん持ち込まれた(びびって断ってしまった)。このときに私は「優秀な人を集めるのが自分の使命」と勘違いして、ひたすら当時の所属だった東京大学大学院で有名だったエンジニアを口説き落として会社に引き込んでいた。そして、その全員に一切の金銭的負担を要求せず、株(会社の支配権)を渡し、働き方にも文句を言わないことにした。優秀な人が設立したばかりの自分の会社に来てくれるのだからそれくらい当たり前だと思っていた。

 そうして集まったメンバーは、今でも一線で活躍する技術者たちで、やはり自分の目は間違っていなかった。だが、自分のマネジメントは完全に間違っていた。数ヶ月もすると、天才プログラマー同士がコードの書き方だとか、セキュリティへの考え方だとか、色んな話題でそれぞれ喧嘩し始めたのだ。実力の拮抗する者が集まっているがゆえに、一度始まった議論は簡単には収まらなかった

 そして、毎回の議論や喧嘩に嫌気がさしたのか、メンバーが時折「岩尾、○○って会社にインターンに行きたいんだ。お前、コネ作ってくれないか?」と言い出した。私は、友達のために何とかそのコネを作って、彼をその第一志望の会社のインターンに送り込んだ。すると、やっぱり天才プログラマーだから、その会社が彼にほれ込んでインターンから直接正社員として彼を雇ってしまった。そんなことが繰り返され、ついに会社には誰も(実際には創業メンバーのうち財務担当執行役員の末永拓海君は残った)いなくなってしまった(ちなみに全員と友達付き合いは現在でも続いている)。

 こうして社会にとっても誰にとってもいいはずだったクラウド型電子カルテは結局今でも日本には誕生していない(アメリカでは時期を同じくしてこの事業が立ち上がり、今では相当普及しているそうだ)。

 もうひとつ、大成功したプロジェクトもあった。これは厳密には起業ではないが、フィリピンで健康管理アプリを作ったときのことだ。きっかけは、英会話の練習のためにフィリピンにいこう、だったら大学から予算を取ろう、せっかく予算を取るなら何か意味のあることをしようということから始まった行き当たりばったりのプロジェクトだった。

 英会話を練習したいという動機で集まったメンバーだから、経営学、看護学、ネットワーク工学、ロボット工学、コンピュータ科学とそれぞれバラバラな背景を持つ学生が集まった。だから、普通に考えれば、クラウド型電子カルテ事業で起業したときよりもっと失敗してもよいはずだ。しかし結果的にはその反対でこの事業は成功(利益目的ではないので何をもって成功か難しいが)し、システムをフィリピン大学情報システムセンターと地元企業とフィリピン政府の三者に寄付し、現在でも利用されているという。

 具体的には、看護学専攻の学生が観察から「この国には隠れ肥満と糖尿病が多いのではないか」という予測を行い、経営学専攻の学生がマーケティング調査をした結果「フィリピンの多くの人は水を100カロリーと見積もる一方でチョコレートを10カロリーと見積もったり、要するに腹が膨れる具合がカロリーと勘違いされている」ことを突き止め、コンピュータ科学専攻の学生が日本の健康管理アプリを参考にシステムを構築し、ネットワーク工学専攻の学生が日本のアプリは4Gでしか使えずフィリピンで主流の2Gで使えるようにすべきとの意見を出し、ロボット工学専攻の学生が2Gで使えるチャットボット(LINEなどでよくある自動で返信してくれるロボット)をSMS経由で動かす健康管理アプリを組むというチームプレーができた。

 それぞれ、「できること、できないこと」が違っていたからこそ、それぞれの専門には口を出さなかったし、自分ができないことは他のメンバーの意見をきいていた。ある意味では分野ごとに対等でないからこそ喧嘩や議論にならないし、プロジェクトが確実に進んでいく(そのリスクは考える必要があるが)。そしてフィリピンという場所で集中しているからこそ、一抜け二抜けということも起きない。

 こう考えると、似た分野に詳しい友達ではなくて、知らない分野に詳しくて適宜依存しつつ誰も抜けられないチームの方が起業には向いているのではないかとも思えてくるのである。実はBrian Uzziノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院の教授もこれに近い発見をしているのだが、企業や社会変革、イノベーションに必要なのは友達ではなくてチームかもしれないのだ。

関連記事